「玄蕃にとって石見の銀は、まさに地底から這い上がるためのジャンピングボード。日本人の世界観が地球規模に塗り替えられた大転換期が戦国時代で、銀を輸出した富で軍需物資を輸入した、超高度経済成長期でもある。その背景抜きに戦国を語ることは今の日本をアメリカの影響抜きに語るに等しく、〈貿易を制する者が天下を制する〉と見抜く力と意思を持った者だけが、あの時代を生き残れたんです」
明国が海禁政策をとる中、王直らを介した日明裏貿易ルートと、堺を拠点にした南蛮ルートの、本書は生き残りをかけた物語でもある。
「義輝に〈唐船奉行〉を命ぜられた清十郎や毛利は前者、玄蕃や三好長慶は後者に与し、その勢力図がまた最終章『厳島の戦い』以降、変わっていくんですけどね。誰かが銀を輸出し、硝石や鉛を輸入したから戦国時代はより激しく動き、信長は天下統一を急いだ。その空白を、私は現実にもいたであろう無数の清十郎や玄蕃を登場させつつ書いた。戦国史はまだまだ書き尽くされてなどいない。江戸史観のせいで、むしろ空白だらけです」
当時の政治経済的背景をまずは道理で考えた上で、浮き立つ心を抱えて航海や戦乱の世に躍り出ていった人々の理屈を超えた情熱や客気をこそ、安部氏は描く。
「己の能力を限界まで発揮した人間の剥き出しの生地のようなものが、私は戦国時代の魅力だと思う。かと思うと肉感的なお転婆娘・お夏の博多弁は健気でグッとくるしね(笑い)。とにかく男も女も敵も身方も懸命に生きた時代の息吹を、楽しみつつ感じてもらえれば嬉しい」
曰く日本は常に外からの刺激によって進化を遂げ、閉じていたのは一時だけ。島国の島国たる所以は海に開かれていることにあると改めて気づかされる、心躍る戦国海洋エンターテインメントだ。
【著者プロフィール】
安部龍太郎(あべ・りゅうたろう):1955年福岡県黒木町(現・八女市)生まれ。久留米高専卒。上京後大田区役所で図書館司書等の傍ら作家を志し、1990年『血の日本史』でデビュー。2005年『天馬、翔ける』で中山義秀文学賞、2013年『等伯』で直木賞。著書に『信長燃ゆ』『関ヶ原連判状』等。「私は八女の山奥育ち。だから余計、海に惹かれるんですね。初めて見たのは有明海。内海ですら、海の彼方には何があると、龍馬みたいに胸躍りました」。165cm、74kg、O型。
(構成/橋本紀子)
※週刊ポスト2014年1月17日号