自殺念慮や精神疾患がある人だけでなく、悩みがちな人全員に向けて、彼らはこんなことも言っていた。
加賀谷:笑うっていうことは負に働きませんよね。
キック:マイナスではなく、プラスです。
末井:僕がよく言うのは、みなさん、悩むことはやめたほうがいいですよ、と。悩みは自分の考えにすぎないのだから、すでにぜんぶ出切っている。その中でぐるぐる考えていると、どんどん気持ちが落ちこんでしまう。
キック:本当の答えは、海の上にぷかぷか浮いているんですよね。それをどこにあるんだろうって、海深くまで探しに行ってしまって。
末井:だから悩みだしたら、すぐ寝るとか、違うところに行くとか、違う人に会うとかして切り替えたほうがいい。そのときに、笑いというのもすごく使えますよね。
キック:ええ。僕らがやらせてもらっている統合失調症の講演会でも、元気な当事者の方ほどよく笑います。逆に言うと、笑う人は元気なんです。
彼らの本はどちらもシリアスな題材を扱いながら、クスッと笑える箇所が何度も登場する。著者たちはそこを意識的に書いたそうだ。読者に笑ってもらって少しでも元気になってくれたら、という思いから。
そして彼らは、「自殺」や「統合失調症」といった言葉が、日常生活の中で普通に話されるようになればいい、と繰り返す。当人が隠したり、周りがへんに気遣って遠ざけるのではなく、「自殺したいって考えちゃうんだね。そうかー」「統合失調症だからなのね。なるほどー」と普通の会話として話すことができる。そういう世の中になればいい、と。そのために微力ながら本を出し、こうしてイベントや講演会に出させてもらっている、と。
末井氏はそう見られたくないそうだが、3人とも実にいい人じゃないか。「いい人じゃないですよ、僕は」と念を押すことも含めて、いい人だ。
おおいに納得したり、ほろっと来たり、クスッと笑わされたり。忙しない日々にあって、2冊の本と同様にナマの彼らも魅力的だった。修羅場をくぐってきた人は強い、というが、彼らは本質的に明るく、底の方からポジティブ。だから同じ空間にいるだけで、こちらの捻じれがちな心が素直になる。
トークイベント終了後、30メートルぐらいだったかな。サイン会の長い列ができた。末井昭と松本ハウスの3人は、ペンを走らせながら、サイン本を待つ一人一人と「そうですかー」「なるほどー」「ありがとうねー」と普通の会話を交わしていた。
サイン本を手にして会場を出て行く人々の後ろ姿は、足取りが軽くなっているように見えた。