例えば駅に誰かが捨てた空き缶が落ちていたとして、貴方は駅員に拾わせるだろうか、自分で拾うだろうか。または困っている人を見かけた時、行政や係員に丸投げしない〈おとな〉が7%いれば日本は大丈夫と、氏はあえて楽観的に言う。

「15人に1人か2人の比率で大人がいれば社会は十分保てます。今はそれが量的に少なすぎるだけです。関川夏央さんが戦後を評して〈共和的な貧しさ〉と呼びましたが、今、若い世代は皆で支え合わないと生きていけないほど貧しくなっている。だから、若い人の中からきっとちゃんとした大人が出てくるでしょう。皮肉な話ですけど……」

 美徳を高機能と言い換え、自分さえよければはパフォーマンスが悪いと繰り返す氏は、冒頭の瓦礫の喩えをこう続ける。〈その人たちといつかどこかで出会って、「あ、こんにちは。ここまでは僕が片付けておきました」「おや、そうですか。この先は私がやっておきました」という会話を交わして、少しだけほっとする〉……。そんなパスを、自分も軽やかに繋げるおとなになりたいと思わせる、引力の書だ。

【著者プロフィール】
 内田樹(うちだ・たつる):1950年東京生まれ。東京大学文学部卒。東京都立大学大学院修士課程修了。神戸女学院大学名誉教授。専門はフランス現代思想。学業ではレヴィナス、合気道では多田宏氏を師と仰ぎ、自身神戸に開いた能舞台兼道場「凱風館」で全人教育にあたる。2007年『私家版・ユダヤ文化論』で小林秀雄賞、2010年『日本辺境論』で新書大賞、2011年伊丹十三賞。『ためらいの倫理学』『「おじさん」的思考』『下流志向』等著書多数。176cm、77kg、B型。

●構成/橋本紀子

※週刊ポスト2014年8月15・22日号

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