六平太が商家の女子供の外出や物見遊山のガイドも兼ねるおかげで本作は江戸案内の趣も帯び、古地図片手に道中を追うのも一興だ。また1巻に4話、計12話が1話完結で読める本作は、同じく〈立身流相良道場〉出身の同心〈新九郎〉や、音羽一帯を仕切る親方〈甚五郎〉らと事件を解決する捕物帳でもあり、剣豪小説や人情噺としても楽しめる。
例えば第3巻「安囲いの女」。醤油問屋の潮干狩りに同行した六平太は、泥まみれで貝と格闘する羽目に。疲れて長屋に帰ると今度は捨子に遭遇し、安囲いの女こと〈およう〉の警護等々、付添い屋稼業も楽ではない。
「当時、捨子はもらい手がいれば奉行所が審議の上で譲り、いない場合は拾った町が責任を持って10歳まで育てた。それも町人の知恵でやるんだから社会制度としては相当成熟しているし、そういうフックが史料の中に一つ見つかると、ドラマは幾らでも書けますね。
おようの稼業もそう。“安囲い”ってのは要するに、1人では女を囲う金がないから、みんなで囲おうって話で、下級武士やお店者が手当を出し合い、通う日を決めるんです。別に彼らは騙されているわけじゃなく、双方納得ずくの、実にいじましい制度でしょ(笑い)」
ところがその約束を破った客がおようを付け回し、その警護に雇われたのが六平太だ。実は彼女は別口の妾でもあり、金を役者に貢いでいたが、元は武家の妻で、婚家のために妾奉公までしてきた彼女の生き方に、六平太は責める言葉もない。
「僕は何もせずに人の上に立つ連中より、生きるために何でもやる人間の方が、余程上等だと思うんですよ。ある時は三河万歳、ある時はちょぼくれを呻る大道芸人の〈熊八〉や音羽の連中もそう。何をしてでも生きぬいてやるってのがイイし、素になれない現代人と違って、懸命に生きるって姿勢が書きやすいんです」