■10年で助産師は3割増
日本では「正常分娩は助産師にまかせる」という政策がとられているが、必ずしも方針は一貫してこなかった。
助産師は戦前は「産婆」と呼ばれ、登録制の資格(1849年「産婆規則」)だったが、戦後の1948年にGHQの指導で「保健婦助産婦看護婦法」が制定され、看護師同様に国家試験が必要になった。助産師には医師と同じく開業権(助産院)が認められ、「助産」(正常分娩の管理)を独立して行なうことができるのをはじめ、非常の場合は「緊急医療行為」もできるなど広い権限を与えられている。
法律ができた当時は日本のお産の98%は自宅で産婆によって行なわれていた。本来、分娩には医療行為が必要だが、医師も医療機関も足りない時代に、医師法の例外として、正常分娩のみ医師がいなくても助産師だけで行なっても違法ではないという制度が作られたのである。まだ日本のお産が「途上国型」だった時代だ。その後、医療体制が整備されると、1960年には病院や診療所での出産が42%に増え、1970年には85%、2000年には99%が病院、診療所での出産となり、赤ちゃんの周産期死亡率も1000人中4人と50年前の10分の1に減った。
ところが、それを昔に戻す政策が始まったのがまさに厚労省が「支援ガイド」を発表した2007年だった。
この年、厚生労働省医政局は関係機関に重要な局長通知を出した。
〈正常の経過をたどる妊婦や母子の健康管理や分娩の管理について助産師を積極的に活用する〉
その前年には「保健師助産師看護師法」が改正され、新たに助産師資格(国家資格)を得る場合は、看護師資格を取得していることが必要になった(2007年施行)。それまでは助産師資格があれば、看護師国家試験にパスしていなくても看護師業務が認められていたが、この改正で助産師は正式に看護師の上位資格に位置付けられたのである。その結果、お産の現場では、助産師の発言力が非常に大きくなっている。
元伊万里保健所長の仲井宏充・医師が指摘する。
「厚労省の狙いは産科医不足対策と医療費削減です。とくに地方では産科医が足りず、“産む病院が見つからないお産難民”が増えている。いわゆる妊婦のたらい回し事件も相次ぎました。そうした現状に対する批判を防ぐために助産師を活用したいのです。助産師が主体になって自然分娩が普及すれば医療費も安くつきます。助産師は日本看護協会の中でもエリートで影響力が強く、昔のようにお産を自分たちの仕事として取り戻そうという意識が強い。正常分娩は産婦人科医ではなく助産師が中心になって行なっています」
こうした政策で就業助産師の数は2002年の2万4340人から2012年には3万1835人へと3割増加し、最近では、助産院や自宅での出産も再び増えている。
カンガルーケアや完全母乳といった“自然なお産”を推進する原動力になってきたのはそうした助産師たちの存在だ。
「自然」を強調するのには理由がある。
助産師は正常分娩で広い権限があるといっても、医療行為はできない。例えば分娩児の「へその緒」を切ることはできるが、投薬や検査は医師の指示が必要で、出産の際に一般的に行なわれているとされる会陰切開や縫合も、実は「医師の指示なく助産師がやるのはグレーゾーン」(厚労省医政局看護課)という。
前出・仲井氏はそこに問題の根があると感じている。
「カンガルーケアや完全母乳は新生児が栄養不足で低血糖になるリスクが高い。本来なら新生児の血糖値を積極的にチェックすべきなのに、推進派は、正常に生まれた新生児の血糖値は測るな、母乳育児の妨げになるという独自のガイドラインを決め、多くの病院が従っている。これも医師法で助産師には血液採取が認められていないという事情が背景にある。つまり助産師だけでは血糖値は測れないのです。しかし、そのために新生児の危険が放置されるのは本末転倒です。欧米の多くの国では一般的な無痛分娩が日本でほとんど普及していないのも、助産師には麻酔を打つ資格がないから、“出産の痛みに耐えることが母親の愛情形成につながる”と非科学的なことを教えている」
“自然が良い”のではなく、そもそも助産師には“自然な分娩”しか認められていないのだ。
それだけではない。
久保田氏は助産師が最も重要な新生児管理について間違った知識を与えられていることが事故の温床になっていると指摘する。
「母親からみれば助産師はお産のプロと思っているかもしれませんが、医師が2年以上の臨床研修を義務づけられているのに対して、助産師は看護大学などで看護師と助産師のカリキュラムを学び、臨床経験がほとんどないまま資格を取る人が増えている。しかも学校で、母乳育児で新生児の体重が5~10%減少するのは自然なことだから心配ないといった医学的に間違った知識を教えられ、国家試験でもそれが正解にされている。そうした間違った知識で母親に『完全母乳は正しい』、赤ちゃんの体重が大きく減っていても『心配ない』と指導してしまっている」