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2015.05.21 07:00  週刊ポスト

【著者に訊け】澤田瞳子氏 天才画人の生涯描く小説『若冲』

 第1話「鳴鶴」は『鳴鶴図』、第2話「芭蕉の夢」は金閣寺の障壁画『月夜芭蕉図』に因み、『動植綵絵』『果蔬涅槃図』など数々の傑作が描かれた背景が綴られる。また〈大盈は冲しきが若きも、その用は窮まらず〉という老子の一節から若冲と名付けた相国寺院主・大典など、周辺も豪華だ。

 父の死後、23歳で家督を継いだ源左衛門には2人の弟がおり、主に彼らが店を切り回していたが、ある時、彼は隠居を宣言し、枡源は弁蔵に志乃を沿わせて譲ると言い出したからさあ大変。

 特に枡源に姉を殺されたと恨む弁蔵は猛反発し、密かに彼を慕う志乃は〈兄さんにとって絵は、お三輪はんを悼む手立てなんどす〉と言って兄の絵を見せた。だが彼の怒りは収まらず、〈こんな絵ぐらい、わしかて簡単に真似してみせるわい〉と言って、姿を消すのだ。

 そして4年後。隠居後は若冲の号で一層画業に励む彼は、折しも大雅から蟄居中の元左少弁・裏松光世を紹介され、自作に瓜二つの『雪中鴛鴦図』を見せられる。作者は近江醒ヶ井出身の偽物絵師・市川君圭…あの弁蔵に違いなかった。

 迫り来る弁蔵の影。その中で独自の画風を追究した若冲の画業には2年の空白があり、その間、彼が奔走した市場の存続問題を描く4話「つくも神」が面白い。

「実はこの騒動がある論文で紹介された2008年以降、それまでオタクとされてきた若冲は錦を守るために断固戦った熱い男だと、評価が独り歩きしているんですね。ただその元の史料を書いたのは枡源の子孫で親族を悪く書かないだろうし、寧ろ錦を救ったのは江戸勘定所役人・中井清太夫とも読める。若冲も元当主として関与したでしょうが、もっと史料をよく読みこんでよ、と思いながら書きました」

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