たとえば羽田空港の増便によって東京都心上空を頻繁に飛んでいる旅客機が航空路の下の人口密集地に墜落する可能性はゼロではないし、住宅地の道路を走っているトラックが運転を誤って住宅に突っ込んでくる可能性もゼロではない。あるいは、火力発電所の蒸気タービンが壊れて羽根が飛び散る可能性も、化学工場が火災を起こして爆発する可能性もゼロではない。

 となると、それらはすべて人格権を侵害するので、旅客機は東京都心上空を飛んではならないし、そもそも客を乗せて空を飛んではいけない。トラックは住宅地の道路を走ってはいけないし、火力発電所や化学工場は操業してはならない──。そう言っているのと同じだからである。

 だが、そこまで司法がやってよいのかどうか、これは司法府の仕事なのかどうか、甚だ疑問である。そもそも我々は樋口裁判長が定義するところの「人格権」を侵害した社会、すなわち前述したレベルのリスクを許容した社会に住んでいるのだ。逆に言えば、この論理が大手を振るようになったら、今の社会そのものが成り立たなくなるだろう。

 また、原発事故は航空事故や交通事故などとは規模が違うというならば、犠牲者数や被災地域の広さによって差し止めるか否かを判断していることになる。その線引きをするのが裁判官の役割だとは思えない。樋口裁判長の論理は社会性に基づいていない“神学論争”であり、それを振りかざすのは「司法の暴走」にほかならない。

 上級審では、基準地震動と耐震設計の問題ではなく、「何が起きても電源と冷却を確保できるかどうか」という福島第一原発事故の教訓からスタートした現実的かつ本質的な問題を議論、審理するところから開始してもらいたい。

※週刊ポスト2015年5月29日号

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