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2015.06.04 15:59  週刊ポスト

1950年代の官能小説 「淫靡な個所」「鋼鉄の火」と表現した

 戦後、小説家たちは摘発される危険をかえりみず、性愛表現を磨き上げながら官能文学という芸術を発展させてきた。累計1万冊以上の官能小説を読み、そこから得られた知見を『日本の官能小説』(朝日新書)にまとめた官能小説評論家の永田守弘氏(82)の案内で、官能小説の歴史を読み解いていこう(カギ括弧内は永田氏)。

 朝鮮戦争が始まった1950年には日本経済は回復の兆しを見せてきた。同年、猥褻書として摘発され、「芸術か猥褻か」の大論争を生んだのがD.H.ロレンスの『チャタレイ夫人の戀人』(伊藤整訳)である。検察は「普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するもの」と訴え、有罪の判決が下った。

 同書は、第一次大戦で負傷し、下半身麻痺となった夫を支える妻コンスタンスが、ふとしたきっかけから森番のメラーズとの道ならぬ恋に落ちていく物語。以下は当時問題視された、メラーズに抱き寄せられるコンスタンスの描写である。

〈強く無慈悲に彼が彼女の中に入るとその不思議な怖ろしい感じに彼女は身震ひした。彼女の柔く開いた肉體に入つて來るものが劔の一刺しであつたならばそれは彼女を殺したらう。彼女は突然激しい恐怖に襲はれてしがみついた。(中略)彼女はすべてを放棄した。彼女はすべてを、彼女のすべてをなるがままにさせた。そして洪水の中に自己を失つた〉

 現代の猥褻の感覚とは大きくかけ離れていることがわかる。

「このような性表現規制はその後も続きます。作者は直接的な表現を避けながら読者を刺激する表現を模索しました。それによって深みや多様性のある表現が生まれたといえます」

 経済白書に「もはや戦後ではない」と記された1956年、日本は神武景気に沸き、1959年にはそれを超える岩戸景気が到来。同年、出版界では週刊誌が続々と創刊され、官能小説ブームが起きた。

「世の潮流に抗するようにマルキ・ド・サド『悪徳の栄え』(澁澤龍彦訳)などが摘発されました。性器を直接表わす言葉も厳禁です。性行為についても『挿入』はダメだが『身体を重ねる』ならば大丈夫という編集者もいた。作家はいつも警察からの呼び出しを意識しながら創作していました」

 当時の人気作家、北原武夫は「女体を貫く」といった表現で規制に対抗した。『快感に憑かれた人妻』は中年男性に誘われた若妻の告白風で綴られる。

〈彼が下に廻した両手で、私の腰がやや高めに持ち上げられたのと、私の隠微な個所に、熱く燃え上がったあの鋼鉄の火が、一気に突き刺さったのとが、殆ど同時だった。鋭くて甘美な、麻薬のようにはげしい快美感が、途端にその時、私の背骨から頭の芯まで、一ぺんに貫いた〉

 女性器を〈隠微な個所〉、男性器を〈鋼鉄の火〉とした表現に作家の苦心がうかがえる。

※週刊ポスト2015年6月12日号

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