「日本はなぜ、戦争を止められなかったのか。この究極の問いに対して、もっとも深く、強く思いを巡らしてこられたのが明仁天皇ではないでしょうか。明仁皇太子が天皇に即位するため、考え続けた最大の問題は、前の時代に起きた大きな過ちをどうすれば自分の時代に繰り返さないで済むか──だったと私は思うからです」(矢部氏)
2013年12月18日、天皇は80歳の誕生日に際して、先の戦争を思いつつ、こんな言葉を発している。
「この戦争による日本人の犠牲者は約310万人と言われています。前途に様々な夢を持って生きていた多くの人々が、若くして命を失ったことを思うと、本当に痛ましい限りです。戦後、連合国軍の占領下にあった日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、様々な改革を行なって、今日の日本を築きました」
その日本は現在、大きな曲がり角にある。安保法制を巡って安倍政権が「解釈」ひとつで憲法を変えようとし、憲法の意義が大きく揺らぎつつあることは誰しも感じるところだろう。矢部氏はこう語った。
「戦前を憂え、その過ちを決して繰り返さないことを誓った明仁天皇が最終的に辿り着いた立脚点──それが日本国憲法です。ここが明仁天皇と昭和天皇の最大の違いだと私は考えます」
昭和天皇も立憲君主制のもと、憲法を守るという意識があったのは間違いない。決して「国民の生活」をないがしろにしたわけではない、と矢部氏はいう。
「その一方、戦前の憲法の法的枠組みのなか、国家の非常事態に際しては、あらゆる制約を超えて行動することが許されるのだという意識を、昭和天皇が持っていたこともまた事実です。それを感じている明仁天皇は、自分は現憲法を徹底して守っていくのだという強い決意を折々に示されているのだと思います」
※週刊ポスト2015年7月10日号