役者だけではなくて、笑福亭松鶴師匠は本当に面白かった。セリフを覚えない方でね。現場でディレクターに『これはどないな話や』と聞いて説明を受けると、『よし、そんなら行きましょ』といきなりアドリブでセリフを出してくる。合わせるこちらは大変でした。セリフがどこで終わるか分からないんですから。でも、ディレクターは『そのシーンの基本となる精神だけキチっと伝わればいい』と。
後で舞台化された時の花登先生もそうでした。演出が口立てで、しかもどんどん変わる。『やめよ、やめた』と一から全部やり直すんです。それも本番直前まで、十回も二十回もね。最初はメモをとっていたのですが先輩たちからは『あかん。書いてたら間に合わへん。その場でやるしかない』と。
花登先生には『言葉やない。気持ちを覚えなあかん。それで自然と出てくるものが本物や』と言われました。大きなテーマが自分の中に入っていれば、セリフは自然と出てくるもんなんですよ」
■春日太一(かすが・たいち)/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『あかんやつら~東映京都撮影所血風録』(ともに文藝春秋刊)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社刊)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。
※週刊ポスト2015年8月7日号