そこで導入されていったのが、学校、老人ホーム、病院など子供や女性や高齢者などが利用する施設から一定の距離内を営業禁止区域とするやり方だ。裏返せば、禁止区域といういくつもの〈見えない壁〉に囲まれた限られた区域でしか営業できないようにした。
ちなみに、歌舞伎町では住人の減少によって学校がなくなり、風俗店の新規開店が可能なエリアが増大していた。そこで区が打ったのが、区役所の建物内に区立図書館の分室を設けるという奇策だ。それによって〈見えない壁〉を再建したのである。
だが、無店舗型の性風俗店や、アダルト物の通信販売、ネット販売が普及すると、従来の〈囲い込み〉方式は破綻を迎え、今、大きな転換期に立っているという。
著者が提示するそうした見取り図は説得力があり、かつ面白い。
さて、風俗営業取り締まりは今後どうなっていくのか。まだ明確な見通しはないようだが、著者は監視カメラの増設に象徴される昨今のあり方を念頭に置き、次のように述べる。〈現在の、悪や不審者をことごとく排除し、みずからの居場所を「浄化」しようと躍起になる動向のほうが、はるからにすぐれたものだとはいいきれない〉。
江戸時代以来の〈囲い込み〉が、性風俗を悪としつつも社会の片隅に存在を認める、ある種寛容な〈包摂型社会〉の象徴だったことは確かだ。これからの日本が向かうのが、無菌状態でクリーンだが非寛容な社会なのか、それとも多少は汚れているが必要悪の存在を認める寛容な社会なのか。風営法の行方にもそれは読み取れるようだ。
※SAPIO2015年10月号