だけど、待てど暮らせど迎えが来ないんですよ。うちのマネジャーが、私の服を家から持ってきたりしてね。1か月経ったので家行ってみたら、鍵が開かないの。鍵を変えられちゃったんだよ。ふざけやがってと思ってマネジャーに言ったら、「おかみさんが、勝手に入られちゃ嫌だからって」って。バカヤロウ、私の家じゃないか(苦笑)。こうなったら私も男だ、根競べだと思って。
ただ、ひとつ言えることは、難病の子供を持っていると、母親はどこか子供に対して責任を抱えるんですよね。ぶつけどころがないものだから。私は外に出てるから、仕事にぶつけたり仲間と飲んだりできるけど、女房は酒飲まないし。ぶつかるのは私に決まってるんです。だから、かえって私は外に出ている方がいいのかなと思ったんですよ。出ていれば、私の面倒を見なくてすむじゃないですか。
何年かたって、女房が別の家を買って、引っ越したようなんですよ。長男は私の家に時々顔を出すから、「いつ越こしたんだよ、どこなんだ?」って聞いたら、「言えないんだ、教えたら母さんに怒られる」って。だから、今でも女房と子供がどこに住んでいるかわからない。区まではわかってるんだけどね。
長男もせこいんです。車で最寄駅まで送って降ろすと、降りてから家と別の方向に歩くの(笑い)。でも、このまま女房の家がわからなくていいんですよ。愛情があるなしというと、変わっているかもしれないけど、これも愛情かなと思っているんですよ。
【稲川淳二】
1947年8月21日生まれ。東京都出身。桑沢デザイン研究所を経て、工業デザイナー、タレント、怪談家として活動。1996年、『車どめ』が通商産業省選定グッドデザイン賞を受賞。1993年からテレビ出演は夏だけとして、全国ツアーの怪談ライブを開催。夏の定番イベントとして定着している。12月にも開催予定。http://j-inagawa.com/
撮影■林紘輝