◆中国が米軍を攻撃する可能性は限りなくゼロに近いのではないか
集団的自衛権に関する政府の釈明は、要するに、極東のアメリカ軍が中国に攻撃された時の備えに必要だというものであった。
しかし、中国の政府がまともに機能している限り、GDPの5%に当たる年50兆円の対米輸出を棒に振り、米国債150兆円ほかの膨大な在米資産が凍結されるリスクを冒してまで、強大なアメリカに戦いを挑む可能性は限りなくゼロに近いのではなかろうか?
こういった途端に、20世紀初頭、ヨーロッパの主要国は経済的に密接な関係があったにもかかわらず、悲惨な第一次世界大戦を抑止できなかったではないか、という反撥が聞こえてきそうである。
しかし、当時のドイツ帝国は、正に、今日のスタンダードに照らして政府がまともに機能してはいなかった。国民の多数は交易から利益を得ていたのに、その代表からなる議会は、ごく少数のプロイセン貴族らが牛耳る軍をコントロールする権限を持たなかったのである。
結局、ドイツは、ヨーロッパ最強を自負する陸軍がフランス領内に深く進出した前線を維持したまま、優勢なイギリス海軍によって交易を鎖とざされて飢餓の危機に瀕し、過酷なヴェルサイユ条約を強要された。
旧帝国陸軍の幹部将校であった石原莞爾は、領土権益の獲得に拘る軍部を制御できない「統帥権の独立」が、ドイツを「徹底的潰滅」に導いたと評している。そして、我が国は、その石原が首謀した1931年の満州事変を契機に、同様の破滅の道を辿ったのであった。
◆中国と米軍の衝突は金融市場の大混乱に直結しかねない
石原自身は、1941年の対米開戦には反対で、先ず東亜を統一し、20年国力を養った上で、アメリカに世界最終戦争の決戦を挑むべしと唱えていた。今から思えば神がかった妄言に過ぎないが、当時の日本の大衆には、今、中国が提唱している「一帯一路」(*注)ほどのリアリティをもって響いたのかもしれない。
【*一帯一路/中国が提唱する新経済圏構想。中国からアフリカ、欧州までを陸海路でつなぎ、新しい経済圏を生み出そうというもの】
現在の中国は、地方勢力が内戦を制して成立してから半世紀ほどしか経っていないために軍部の政治性が高く、急速な経済成長が大衆的なナショナリズムを高揚させている。この2点において、当時の日本とよく似た状況にあるといえるだろう。
その前世紀の我が国の歴史に学ぶならば、私たちが当面の中国に関して最も警戒すべき脅威は、人民解放軍の野心的な一部将校の暴走であり、その際の局地的な戦闘の処理を誤って深刻な国家間の対立を招くことであろう。
おそらく、アメリカは、金融市場の大混乱に直結しかねない自軍と中国軍との衝突は、極力、避けようとするはずである。中国が、目下のところ、アメリカの金利や株価に影響を及ぼし得る経済大国であることは否定しがたい。その中国を、株価の上下に一喜一憂する有権者に4年に一度の選挙で自分の名前を書かせなければならないアメリカの政治家たちが、イラクやシリアのように簡単に攻撃できるとは考えにくいのではないか。
もちろん、万一、米中軍事衝突となれば、当然、我が国の株式市場も大暴落は避けられまい。そういう事態は避けてもらいたいが、口を挟みようのない下々の身として対策を講ずるのであれば、たとえば、アメリカの軍需産業への投資であろうか。実際、今夏の安保関連法案の衆院通過に向けてロッキードマーチンの株価は急騰している。
※マネーポスト2016年新春号