第三に、グローバルで多次元的な政治や社会の構造変動を理解し解決する上において、米欧のモダンな見方や、民主化や自由論を軸にした政策が中東では効を奏さないことが証明された事実である。「アラブの春」から生じた世俗主義やモダニズムによる民主化や自由の実験は、これまでの成功例ともいえるトルコの混迷とエルドアンの独裁化と相まって、中東でかえってイスラム主義の伸長をもたらし、「イスラムの民主化」という概念を独自に成長させることに失敗している。
翻って日本では、自由主義や民主主義といったモダニズムで育てられた政治家や知識人は、自爆テロや少女の性奴隷化を合理化するプレモダンなISはじめ、無数のイスラム・テロリズムの跋扈といった新たなグローバル・リアリティに適応できないでいる。
2020年の東京五輪を最終的なターゲットにして、ISやそれにつながる組織・個人がテロを実行する可能性は絶対に排除されない。ホテルや劇場のようなソフト・ターゲットに金属探知機が設置されていない現状はすぐにも改める必要がある。かつて犯罪監視カメラの設置に反対した人びとは、いまや市民を脅かす各種の犯行を摘発し、安全な日常生活を保障している現状をどう評価するのだろうか。
市民がテロから身を守るには、ハードの装置や検査に依拠するだけでは足りない。テロとの対決、ポストモダン型戦争を絶対に許さない強い決意を示すことが肝要だ。そのためには生活の利便や快適さを瞬間的に自制する心構えを銘々がもたなくてはならない。
米欧は新たな政治的思考や社会的パラダイムを深める試みをせずに、経済と科学技術(工学)との融合調和という従来型の対応に留まっている。その混乱に乗じて、ロシアや中国やイランのように共産主義やホメイニー主義や毛沢東思想といった「全体主義」の流れをくむ国家は、ISなどのイスラム・テロリズムとの対決を大義名分に掲げながら、国内における人権抑圧や民主主義の無視や民族自決権の否定を正当化しているのだ。
●山内昌之/1947年札幌生まれ。北海道大学文学部卒業。東京大学学術博士。ハーバード大学客員研究員、東京大学大学院教授などを歴任。2006年、紫綬褒章を受章。主著に『中東国際関係史研究』(岩波書店)、『中東 新秩序の形成』(NHKブックス)など。
※SAPIO2016年2月号