◆「少女像=反日」ではない
元慰安婦たちは韓国内でも、長らく好奇の目で見られてきた。今回、合意への賛否を聞いても、私はなおいっそう彼女たちの「疎外」を思った。実際に、そうした声が朴政権への支持率に直接反映されるわけではなく、4月の総選挙も与党圧勝が予測される。
ところで問題の少女像である。日本では「反日」の象徴のごとく語られているが、よくは知られていない話がある。
「伝えたいのは“反日”というメッセージではありません」
そう話すのは少女像の製作者、彫刻家のキム・ウンソンさんだ。少女像をよく見ると、裸足のかかとの部分が地面から浮いていることがわかる。これは社会からずっと見捨てられてきた元慰安婦の「孤独」を表しているのだという。
「日本政府の冷淡さだけが問題ではない。慰安婦たちは韓国政府や社会の無責任さにも傷つけられてきたんです」
被害の重みと社会の偏見によって、「孤独」な少女は地に足をつけることができないでいる。ちなみにキムさんはベトナム戦争における韓国軍のベトナム民間人虐殺を謝罪する像も制作し、近く、韓越両国内に設置する予定だという。
「都合の悪い歴史であっても、目を背けてはいけないと思うのです」と静かに語った。内省的な言葉は、しかし私たち日本人にも突き刺さる。
これまで韓国内で慰安婦だと認定されたのは238人。多くは他界し、いまや生存者は46人。平均年齢は90歳だ。時間は止まらない。なんとか元慰安婦たちの名誉と尊厳を回復し、解決へと向かうことはできないものか。
「手を握ればわかる」。
私はカン・イルチュルさんの言葉に、一つのヒントが隠されているようにも思うのだ。
●安田浩一(やすだ・こういち)/1964年静岡県生まれ。週刊誌、月刊誌記者などを経て2001年よりフリーに。2012年、講談社ノンフィクション賞を受賞した『ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて』は、在特会の実態を初めて世間に知らしめた。
※SAPIO2016年3月号