なぜ以上の数字に私が驚いているかといえば、日常の光景を思い出していただきたい。もっとも分りやすいのは通勤通学の電車内である。自分が座っている向かい側の7人シートにびっしり人が座っていたとして、そのうちの何人が何をしているか。ほぼ全員がスマホを見ている、というのが昨今の基本形ではないだろうか。
1人か2人、本を手にしていたとすれば、それはかなり高い読書率である。ただし、その場合のたいていが中高年男性というイメージが私の中にはあり、大学生くらいの若者が電車内で本を読んでいる姿はごく稀にしか目にしない。「あ、この若者、本を開いている!」と覗いてみたら、語学の教科書だったり、資格試験の問題集だったりする。小説でもノンフィクションでもなんでもいいのだが、「普通の本と若者」の組み合わせはレアケースだ。
けれども調査では、5人に1人は毎日1時間以上、15人に1人は毎日2時間以上、読書をしているというのだから認識を改めなければならない。そうした「本好き」の若者層に向けて、出版に携わる者たちは魅力的な書籍を作り続ける責務がある。というふうに捉えるべきだ。
本を読む若者は今でも変わらずよく読んでいる。一方で、「0」のような本を読まない若者が増えている事実もある。要は、若者と読書に関して、二極化が進んでいるのであろう。
まったく本を読まない「0」層が増え始めたのは、大学生協の調査によると2013年からだ。これは間違いなく、スマートフォンの普及の影響を受けた結果である。
今回の調査で、1日のスマホ利用時間の平均155.9分。1日に2時間半もスマホをいじっているのが「普通」との結果が出ている。スマホをいじりながら読書はできないから、やっぱりそこが「若者の読書離れ」の原因なのだ。
スマホのせいで若者が本を読まなくなった、という議論に対して、ネット上では異を唱えるほうが優勢だ。いわく、スマホの向こう側には無限の情報がある、そこには電子書籍のテキストもあれば、学術論文のPDFだって収められている。ゆえに、スマホばかりいじっている若者が本を読まなくなった、とはいえない。ニュースサイトを日々チェックし、社会の動きを効率よく把握している若者だって少なくない。スマホ害悪論は短絡だ、と。
たしかに、スマホは道具であり、その道具は知の世界への扉でもあるだろう。紙が電子に置き換わっただけで、いや置き換わったからこそ、より広く深く、我々は知的な世界と関われるようになった。いつでも、どこでも、だ。