世の中にはおかしなことが様々なことがあるが、評論家の呉智英氏が最近おかしいと感じたことは何か。呉氏が、新聞投書欄で見つけた気になる一文について論じる。
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3月31日付朝日新聞投書欄に興味深い一文を見つけた。投書者は59歳の会社員。「低調だった春闘 組合費下げて」と題されたもので「組合費をはるかに下回るベアしか取れない」のなら「せめて組合費を下げ」たらどうか、と提言している。投書者自身、以前労組の委員を体験しており、その時も「毎月、数千円もの組合費を払っているのに」という声が聞かれたという。
新聞投書欄は、おおむね自社の社是に沿う意見を掲載する。この投書にも、労組よ、もっと厳しく財界や政府を追いつめよ、といった朝日風革新色が感じられる。それはそれでかまわないのだが、実はこの投書は、労組や学生自治会の根本的弱点、さらに政治というものの本質をあぶり出している。
今でこそこの投書者の指摘するように労働運動も低調だし、また学生運動も低調だ。しかし、1960年代から30年間近く過激派を含む運動が活発だった。そんな時代、私は企業や大学がいつ切り札を切るのだろうと思っていたが、ごく少数の例外は別として、切り札は切られなかった。その切り札とは、組合費・自治会費の代行徴収の廃止である。これはどんな弾圧より効果的な切り札である。
代行徴収が廃止されたら、委員たちが組合員・学生一人一人に会費を払わせなければならない。そんなものに誰が喜んで応じるだろう。苦しい生活が楽になるという目標を掲げるから、労組・自治会は支持されている。それなのにさらに会費まで「搾取」されるのだ。誰も支持しなくなるだろう。
代行徴収廃止をしても、企業・大学は一切非難されない。自治を少しも侵害していないからだ。どうぞ御自由に「自治」をして下さい、我々は自治を尊重するからこそ一切の干渉をやめるのです、という論理が成立するはずだ。