「若い人は運転をしたり遠くのものをはっきりと見なければいけないことが多いです。しかし歳を取ると遠くはほどほどでも身の回りがよく見えるように合わせた方がいいかたもいます。工藤さん、今はお食事のときにご飯の粒々があんまりはっきり見えないでしょう?」と言われてはっとした。
近くが見えることの有難さを私は術後に初めて知ったわけだ。
白内障は五十代で五割、六十代七十代になると、もう七、八割の人が発症するという。それだけに昔と違って早い時期に手術を受けて視力を取り戻そうとする人がこれからも増え続けるだろう。
そして、視力の回復は認知症の老人にとっては良い意味での刺激となる。堤先生がこんな話をしてくれた。
その患者さんはひどい認知症だったそうだ。手術について説明をした際も何も話さず、ボーッとしたまま。それが手術が終わり、出て来た途端に、見えるようになったせいか「あっ、きれいなクリニック」と笑みを浮かべたという。
また、私のように長い年月眼鏡が手放せなかった者にとっては、裸眼での外出が可能になった。そう考えるとプラスの局面がきわめて多いのだが、術後の状態に上手く対応できない患者には、それなりのケアが必要だろう。
何より安易な先入観は捨てるべきだと思った。五分で終わり、すぐに視力が回復する魔法の手術なんてこの世に存在しない。
まずは腹を括って、両眼を手術するなら最低でも二週間は不自由な生活を送ることになる。その後も不快感が残ることがある。そうした覚悟を持って、信頼の置ける医師に執刀してもらうのが最も大切だと痛感した。あくまで私感だが、どうも白内障の手術は安易に考えられ過ぎているようだ。
医学の進歩により身体の各部位のメンテや交換の選択肢が増えたのは嬉しいことだ。後妻の桃子さんのみならず、女性の生き方が問い直される時代だからこそ、健康の意味が重要になる。しかしまあ、年寄りが医療に関する正しい情報を得るのは、まだまだ難しいと身を持って知った体験だった。
※女性セブン2016年5月5日号