「認知症800万人時代」といわれて久しい。いまや中高年世代最大の関心事となった認知症にどんなイメージをお持ちだろうか。
〈もの忘れがどんどん激しくなり、新しいことも覚えられない。他人の手を患わせないと生活できないから家族に迷惑を掛けるし、一人暮らしなんてとても無理。周りとのコミュニケーションはどんどん困難になるし、徘徊して周囲に迷惑を掛けるから、外には出られない〉
脳の認知機能という、いわば人間の“中枢”を蝕む困難な病は、言い方は乱暴だが、「患ったら最後、何もできなくなる」というイメージを生み出す。
ところが今、そんなイメージを払拭する当事者が次々と“発信”を始めている。『認知症の私からあなたへ 20のメッセージ』の著者・佐藤雅彦さんもその一人だ。
51歳の時にアルツハイマー型認知症と診断された佐藤さんはその後10年間、一人暮らしを続けてきた。62歳を迎えた現在は埼玉県のケアハウスに移り住んでいるが、そこでも食事サービスなど最低限の日常生活の補助を受けているだけ。
今でも一人で散歩に出たり、友人たちと待ち合わせて県外の行楽地に足を延ばしたりする。投薬管理も自分でやり、フェイスブックを頻繁に更新──そんなシニアライフを楽しんでいる。
「認知症」という病気のイメージを根底から覆す佐藤さん。なぜそんなことが可能なのか。話を聞いた。
「認知症になると、理解したり思い出すのに時間がかかったりもするけれど、思考や感情が失われるわけじゃないんです。だから、うまく工夫すれば、色々なことができる」
そう語る佐藤さんは、病名告知からの10数年の間に、様々な経験と生活の知恵を身につけてきた(以下、カギ括弧内は佐藤さんの発言)。
【備忘録はノートじゃなくてパソコン】
認知症に限らず、物忘れがひどくなったと感じた時に思い浮かぶ対策は「こまめにメモする」こと。佐藤さんも、当初はノートに毎日の行動を記録していた。ところが、それではうまくいかなかった。
「どんどん漢字が思い浮かばなくなっていくので、書くたびに気持ちが落ち込むし、ノートをなくしてしまうこともよくあった」
もともとシステムエンジニアだった佐藤さんは試しに「パソコンに入力する」やり方に切り換えてみたところ、これが成功した。パソコンなら大きいからどこにいったか分からなくなることもないし、漢字も変換候補が表示される。書く内容も変わった。
「失敗した経験を記録していると落ち込んでしまうでしょう。『できないこと』より、『できたこと』を記録するようにした。すると自然に、前向きな気持ちになってきた」
工夫をすれば、認知症と付き合いながら生きていけそうだ──この小さな成功体験以降、佐藤さんは試行錯誤を繰り返して様々な工夫を編み出している。