芸能

森繁久彌 名優であるだけでなく一流の芸談語りだった

 映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。いつもは名優たちへのインタビューから言葉を届けている連載だが、今回は、半世紀以上にわたって映画、演劇、ドラマなどで活躍した故・森繁久彌が遺した文章から、名優ならではの言葉をお届けする。

 * * *
 森繁久彌は名優であるだけでなく、一流の芸談語りだった。彼自身の演技論も出色であったが、他の役者に対する観察眼と描写力もまた見事なものである。名優だからこその目のつけどころと、それを巧みに文章化する技術に驚かされてしまう。

 たとえば、1960年代の東宝の大ヒット映画「社長シリーズ」で森繁の部下役を演じてきた名優・小林桂樹について。エッセイ集『あの日あの夜 森繁交友録』(中公文庫)で、「彼の芸風は、ブキッチョを上手にまとめて、素晴らしい人間像を創り出すことにある」「三木のり平と違った写実的な喜劇をやれる唯一のコメディアン」と評し、次のエピソードを披露している。

「彼の出色した技は、映画、テレビでのめしの食い方である。フランスにはジャン・ギャバンが、食い上手で必ず一シーンは出てくるが、私は桂ちゃんのこの芸を盗もうと、彼の言い分を聞いた。

『噛んで食っちゃダメですよ。噛んでる時は客は口の中を想像しますからね。想像させないように早く──つまり、噛まずにのんじゃうんですネ。するといかにもおいしそうに食ってる風に見えるんです』

 ある日、私もやってみた。ところがどうだ、大きな肉の塊りが喉につまっていっぺんにNGになった思い出がある」

 相手を称えるだけでなく、ちゃんと自らのオチをつけて締めくくっているあたりも、さすがは森繁といえる。

 若い頃からの朋友で、「社長シリーズ」をはじめ数多くの映画や舞台で共演してきた三木のり平については、「セリフ覚えが悪い」ということで面白おかしいエピソードを披露している。のり平は付き人に二宮金次郎の格好で舞台に立たせて、自らのセリフをつけさせていたというのだ。
 
 一方でエッセイ集『品格と色気と哀愁と』(朝日文庫)では「不世出の役者、日本喜劇界の至宝」と、のり平のことを絶賛している。中でも、舞台「佐渡島他吉の生涯」での芝居を「秀逸を極めた」と振り返っている。本作で、のり平は戦前の活動弁士を演じた。やがて映画がサイレントからトーキーに移行する際に職を失い、最後は「貧相な紙芝居のオッサン」として登場する。

関連キーワード

関連記事

トピックス

破局した大倉忠義と広瀬アリス
《スクープ》広瀬アリスと大倉忠義が破局!2年交際も「仕事が順調すぎて」すれ違い、アリスはすでに引っ越し
女性セブン
伊藤沙莉は商店街でも顔を知られた人物だったという(写真/AFP=時事)
【芸歴20年で掴んだ朝ドラ主演】伊藤沙莉、不遇のバイト時代に都内商店街で見せていた“苦悩の表情”と、そこで覚えた“大人の味”
週刊ポスト
総理といえど有力な対立候補が立てば大きく票を減らしそうな状況(時事通信フォト)
【闇パーティー疑惑に説明ゼロ】岸田文雄・首相、選挙地盤は強固でも“有力対立候補が立てば大きく票を減らしそう”な状況
週刊ポスト
大谷の妻・真美子さん(写真:西村尚己/アフロスポーツ)と水原一平容疑者(時事通信)
《水原一平ショックの影響》大谷翔平 真美子さんのポニーテール観戦で見えた「私も一緒に戦うという覚悟」と夫婦の結束
NEWSポストセブン
大ヒット中の映画『4月になれば彼女は』
『四月になれば彼女は』主演の佐藤健が見せた「座長」としての覚悟 スタッフを感動させた「極寒の海でのサプライズ」
NEWSポストセブン
中国「抗日作品」多数出演の井上朋子さん
中国「抗日作品」多数出演の日本人女優・井上朋子さん告白 現地の芸能界は「強烈な縁故社会」女優が事務所社長に露骨な誘いも
NEWSポストセブン
国が認めた初めての“女ヤクザ”西村まこさん
犬の糞を焼きそばパンに…悪魔の子と呼ばれた少女時代 裏社会史上初の女暴力団員が350万円で売りつけた女性の末路【ヤクザ博士インタビュー】
NEWSポストセブン
(左から)中畑清氏、江本孟紀氏、達川光男氏による名物座談会
【江本孟紀×中畑清×達川光男 順位予想やり直し座談会】「サトテル、変わってないぞ!」「筒香は巨人に欲しかった」言いたい放題の120分
週刊ポスト
大谷翔平
大谷翔平、ハワイの25億円別荘購入に心配の声多数 “お金がらみ”で繰り返される「水原容疑者の悪しき影響」
NEWSポストセブン
【全文公開】中森明菜が活動再開 実兄が告白「病床の父の状況を伝えたい」「独立した今なら話ができるかも」、再会を願う家族の切実な思い
【全文公開】中森明菜が活動再開 実兄が告白「病床の父の状況を伝えたい」「独立した今なら話ができるかも」、再会を願う家族の切実な思い
女性セブン
伊藤
【『虎に翼』が好発進】伊藤沙莉“父が蒸発して一家離散”からの逆転 演技レッスン未経験での“初めての現場”で遺憾なく才能を発揮
女性セブン
大谷翔平と妻の真美子さん(時事通信フォト、ドジャースのインスタグラムより)
《真美子さんの献身》大谷翔平が進めていた「水原離れ」 描いていた“新生活”と変化したファッションセンス
NEWSポストセブン