• TOP
  • 特集
  • 村西とおる氏 松坂季実子、桜樹ルイら名女優との思い出語る

特集

2016.07.27 15:59  週刊ポスト

村西とおる氏 松坂季実子、桜樹ルイら名女優との思い出語る

 日本初のアダルトビデオ(AV)といわれるのは、1981年、日本ビデオ映像から発売された『OLワレメ白書 熟した秘園』『ビニ本の女 秘奥覗き』の2作。それから35年、日本のAV界は500億円市場といわれるまでに成長した。

 今日の隆盛のきっかけとなったのは、1986年に発表された村西とおる監督作品、黒木香主演の『SMぽいの好き』である。日本人女性のセックスに対する意識を大きく変えた、革命的な作品だった。

「それまでのAVは男性優位で性を描くものばかりだった。しかし黒木さんは積極的な性表現で、女性も男性と同じようにセックスを楽しんでいいんだ、思うままに感じていいんだと訴えかけた。それまで日本の社会で抑圧されていた女性の本質を浮き彫りにし、それが女性にも受け入れられたことで、AVは男女を問わず見られる現在のような市民権を得たのです」(以下、「」内の発言は村西氏)

 性に関し、女性が弱みだと感じていたことを強みに変える手法で、村西氏は数多くの人気女優を誕生させた。ヴァギナが2つある女性、立川ひとみもその一人だ。

「彼女はそのことで“私は生きていけない”と深く悩んでいました。そんな彼女に、他人にないところこそが武器になるんだと僕はいいました」

 立川主演の『恥辱の女』(1985年)はAVにドキュメンタリーの手法を取り入れた意欲作。専門誌『ビデオ・ザ・ワールド』で年間1位に選ばれた。

 公称110.7センチのHカップ女優・松坂季実子も同様だ。

「当時、巨乳は“バカの象徴”などと貶められていました。しかし彼女はその価値観を一変させ、『巨乳は女性の美しさを表現する雅なもの』であることを知らしめた。1作あたり1億円の収入をもたらすほど貢献してくれました」

 村西氏は他にも沙羅樹や卑弥呼など、数多くの人気女優の作品を世に送り出した。当時は斬新だった海外ロケにも挑戦、その結果、「スリランカで共産ゲリラに追いかけられたこともあったなぁ」という。彼はまた、「駅弁」「顔面シャワー」など、現在では当たり前となっている「見せる性技」を確立し、AV産業を軌道に乗せた。

関連記事

トピックス