安保闘争敗北後、ほとんどの若者たちは社会に居場所を見つけて、それなりの地位を手に入れた。そんななか唐牛は経済成長に背を向けるようにヨットスクールの経営や居酒屋店主、漁師など職を変えながら日本各地を転々と漂流して、47歳の若さでこの世を去った。

 漁師時代、正義感の強い唐牛は、血の気の多い漁師に苛められる中学を出たばかりの少年をかばうが、逆に殴り倒されて血みどろになりながらパトカーのサイレンを聞いたというエピソードを残している。安保後、人の上には立たず、市井の一員として生きた唐牛らしい話である。

「唐牛はいつも明るかった」

 唐牛を知る人たちの言葉の裏には、自分たちとは違って高度経済成長の波に乗ろうとせず無名の庶民として生きる唐牛への引け目があったのではないか。

 日本社会が経済的に成熟して大衆化していくなか、唐牛は「何者か」になることを拒み愚痴ひとつ零さずに生き抜いた。安保闘争のカリスマは、大衆化する一方の社会を否定も肯定もせず、大衆のひとりであることを自らに課していた。

 敗北後の唐牛の歩みとその強靭な精神は、ノンフィクションを殺した張本人だと名指しで批判され、3年近くの休筆を余儀なくされていた私をどれだけ勇気づけてくれたか分からない。

 唐牛を書くことはノンフィクションの初心に戻り、取材の現場をくまなく歩く原動力になった。

構成■山川徹

※週刊ポスト2016年9月2日号

関連記事

トピックス

《愛子さま、単身で初の伊勢訪問》三重と奈良で訪れた2日間の足跡をたどる
《愛子さま、単身で初の伊勢訪問》三重と奈良で訪れた2日間の足跡をたどる
女性セブン
水原一平氏と大谷翔平(時事通信フォト)
「学歴詐称」疑惑、「怪しげな副業」情報も浮上…違法賭博の水原一平氏“ウソと流浪の経歴” 現在は「妻と一緒に姿を消した」
女性セブン
『志村けんのだいじょうぶだぁ』に出演していた松本典子(左・オフィシャルHPより)、志村けん(右・時事通信フォト)
《松本典子が芸能界復帰》志村けんさんへの感謝と後悔を語る “変顔コント”でファン離れも「あのとき断っていたらアイドルも続いていなかった」
NEWSポストセブン
大阪桐蔭野球部・西谷浩一監督(時事通信フォト)
【甲子園歴代最多勝】西谷浩一監督率いる大阪桐蔭野球部「退部者」が極度に少ないワケ
NEWSポストセブン
がんの種類やステージなど詳細は明かされていない(時事通信フォト)
キャサリン妃、がん公表までに時間を要した背景に「3人の子供を悲しませたくない」という葛藤 ダイアナ妃早逝の過去も影響か
女性セブン
創作キャラのアユミを演じたのは、吉柳咲良(右。画像は公式インスタグラムより)
『ブギウギ』最後まで考察合戦 キーマンの“アユミ”のモデルは「美空ひばり」か「江利チエミ」か、複数の人物像がミックスされた理由
女性セブン
30年来の親友・ヒロミが語る木梨憲武「ノリちゃんはスターっていう自覚がない。そこは昔もいまも変わらない」
30年来の親友・ヒロミが語る木梨憲武「ノリちゃんはスターっていう自覚がない。そこは昔もいまも変わらない」
女性セブン
水原氏の騒動発覚直前のタイミングの大谷と結婚相手・真美子さんの姿をキャッチ
【発覚直前の姿】結婚相手・真美子さんは大谷翔平のもとに駆け寄って…水原一平氏解雇騒動前、大谷夫妻の神対応
NEWSポストセブン
大谷翔平の通訳・水原一平氏以外にもメジャーリーグ周りでは過去に賭博関連の騒動も
M・ジョーダン、P・ローズ、琴光喜、バド桃田…アスリートはなぜ賭博にハマるのか 元巨人・笠原将生氏が語る「勝負事でしか得られない快楽を求めた」」
女性セブン
”令和の百恵ちゃん”とも呼ばれている河合優実
『不適切にもほどがある!』河合優実は「偏差値68」「父は医師」のエリート 喫煙シーンが自然すぎた理由
NEWSポストセブン
大谷翔平に責任論も噴出(写真/USA TODAY Sports/Aflo)
《会見後も止まらぬ米国内の“大谷責任論”》開幕当日に“急襲”したFBIの狙い、次々と記録を塗り替えるアジア人へのやっかみも
女性セブン
違法賭博に関与したと報じられた水原一平氏
《大谷翔平が声明》水原一平氏「ギリギリの生活」で模索していた“ドッグフードビジネス” 現在は紹介文を変更
NEWSポストセブン