厳しい経済状況が続くなか、仕事を掛け持ちして何とかやりくりしている人も多いだろう。洗い場を2か所掛け持ちしたところ、肘を痛めてしまった場合、どちらに労災を申請したらよいか? 弁護士の竹下正己氏が回答する。
【相談】
借金返済のため、昼は介護施設の給食センターの洗い場、夜は居酒屋の洗い場で働いています。そのせいで“テニス肘”になってしまいました。正直なところ、どちらの職場がきっかけでテニス肘になったのかわかりません。このような場合、どちらの職場に労災の申請をすればよいのでしょうか。
【回答】
テニス肘は「上腕骨外側上顆炎」というもので、外科の学会のホームページでは、加齢要因が指摘されていますが、病態や原因が十分にわかっていないとあります。
ご質問の前に、まずテニス肘が労災の対象になる「業務上の疾病」に該当するかが問題です。労働基準法施行規則の別表で業務上の疾病の範囲を定めています。ぴったり当てはまるものがありませんが、「身体に過度の負担のかかる作業態様の業務に起因することの明らかな疾病」という包括条項に該当すれば業務上の疾病になります。
ご相談の場合では、上肢に負担がかかる作業形態を概ね半年以上継続し、発症前の過重労働(例えば、他の労働者より10%以上の残業過多が3か月以上継続)などの要件の他、医学上も過重労働からの発症が妥当と判断されるなどの認定基準をクリアする必要があります。
また、そもそもテニス肘が労働の結果発生したといえる条件関係があることが前提です。これらは業務に内在している危険性が現実化したからこそ、労災の対象になるという考えによります。
こうした点を度外視して考えると、どちらかの職場で発生したかわからないことが問題です。すなわち、一つ一つの職場では過重労働にはならないのではないかと思われ、労働者にとって危険が内在していたとはいえない作業ではなかったかという点が気になります。その場合は、どちらで労災申請しても労災認定を受けることは困難だと思います。作業時間が長いほうで申請を試みてみるしかないでしょう。
逆に、どちらも過重労働で大変だったといえるのであれば、双方とも労災を申請すべきです。労災給付のうち、治療費などの増額に変わりはありませんが、休業補償は賃金の6割ですから、両方で申請する意味があります。
【弁護士プロフィール】
◆竹下正己(たけした・まさみ):1946年、大阪生まれ。東京大学法学部卒業。1971年、弁護士登録。
※週刊ポスト2016年12月16日号