「王が一本足で初めて打ったのは1962年7月1日の大洋戦。よく覚えているよ。試合前に当時の投手コーチだった別所毅彦さんに“王が打てないから勝てない”と文句をいわれてね。“三冠王にしようと育てている”というと“バカヤロー! 大それたことをいうな”とみんなの前で怒鳴られた。“そんなにいうなら今日ホームランを打たせろ”とまでいわれて“じゃあ打たせます”と応じたんです。
それで王を呼んで、一本足で打てと命じた。王は文句もいわず“ハイ”といった。すると第一打席ライト前ヒット、第二打席でホームランを打ってしまった。これが王の運の強さなんだよね。
それまで僕の家で一本足の練習はしていたけど、実際には素振りだけでボールを打ったことはなかった。それでも素直に“ハイ”というところが王の凄さだろうね。試合後、帰る車の中で王に、“今日おまえは運をつかんだが、この運を逃さないためにこれまで以上の練習を積まないといけない”と話したのを覚えてる」
V9時代の巨人ベンチでは、コーチ同士でも馴れ合いのない緊張感があり、それが「一本足打法」誕生の下地となっていたのだ。
※週刊ポスト2016年12月23日号