戦後、予科練の後輩らと設立した日本飛行連盟に加わり、小型機の教官や宣伝放送のパイロットなどをしました。平和な空を飛べるのがとにかく嬉しかった。戦争中はGPSなんてなく、多くの先輩が苦労して飛んで行方不明になりました。今の最新機器で安全に飛ばしてあげたかったなぁ。
それでも年齢とともに衰えを感じないといえばウソになる。飛行機はチェックリストの項目を全部塗り潰してからエンジンをかける決まりですが、今は一度チェックし終わってから何度も見直しています。
台風やゲリラ豪雨など空には危険がつきまとい、今も怖いですよ。でも、怖さがなければ事故を起こします。空を飛ぶのだから、墜落して当たり前という気持ちを常に持っています。
2014年5月にギネスの登録証をもらいました。僕のように趣味が仕事になる幸せ者は少ないだろうけど、人生は何にでもチャレンジすることが大切です。サラリーマンも定年退職後はぜひ、好きなことをやってほしい。60歳、65歳なんて、僕から見れば小僧ですよ(笑い)。
周りは「飛行機の神様」と呼ぶけど、自分ではまだまだ満足できません。満点の飛行ができた日はなく、飛ぶたびに反省点が見つかります。飛行機だけでなく日常生活でも、あらゆることに反省すべき点があります。
戦後もテストパイロットなどの危険な仕事ができたのは、女房が許してくれたから。感謝している。夫婦で水掛け論の口げんかになったら僕が悪者になります。いくつになっても、これが家庭円満の秘訣です(笑い)。
●たかはし・じゅん/東京都生まれ。1941年に海軍飛行予科練習生(予科練)に入隊。戦後は飛行機やグライダーの教官、航空写真の撮影飛行、災害時のボランティア輸送にも参加。通算飛行時間は約2万5500時間。赤十字飛行隊隊長。日本飛行連盟名誉会長。
※週刊ポスト2017年1月13・20日号