一方、直は祥子の妊娠という問題も抱えていた。直は子供が欲しくない。父親とうまくつきあえない自分がいい親になれる自信が持てず、自分の分身を生み出すことに恐れも感じる。彼に共感する読者も多いだろう。経済的な要因に加え、「子供を持つ」ことに不安を感じる人が増えていることも、現代の少子化につながっているのだと思う。
著者のインタビューによると、『漂う子』というタイトルは居所不明児童に加え、「大人になっても親にどう対処していいかわからない子供」の意味もあるという。親になるとはどういうことか? 子供である自分と、親になる自分。読み進める中、いろいろと考えさせられてしまう。
最後は決してハッピーエンドとはいえないが、バッドエンドでもない。かすかに希望が漂い、ほろ苦くも温かい余韻を残してくれる。
著者の丸山正樹は知る人ぞ知る新進作家だ。2011年、ろう者(耳の聞こえない人)の世界を題材にした異色のミステリー『デフ・ヴォイス』が松本清張賞最終候補となってデビュー(ちなみに、このときの受賞者は2016年に直木賞を受賞した青山文平)。刊行当時はあまり話題にならなかったが、2015年の文庫化でブレーク。次々と版を重ねるロングセラーとなっている。本書は実に5年ぶりとなる新作だ。
現代社会の陰に潜む問題に光を当てようとする態度、弱者に向ける温かいまなざしは今回も変わらない。それは事故で重度の身体障害を抱えた妻を長年介護してきたという経験と無関係ではないだろう。丸山正樹は、まさしく彼にしか書けないオンリーワンの小説を書いている。
※女性セブン2017年2月16日号