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全盛期の熱海の旅館の仲居、心付けだけで生活ができた

熱海ボランティアガイドの田中明博さん

 今、熱海を訪れる観光客が増えている。2015年度、熱海市内の温泉のある旅館やホテルに滞在した宿泊客は300万人の大台に乗った。これは実に13年ぶりの大記録だ。さらに、2016年には楽天トラベルが発表した「人気温泉地ランキング」で、2年連続の1位に輝いている。

 花見客や熱海駅前や駅前商店街の人だかりを見ても、若者から家族連れ、お年寄りまで幅広い世代から熱海が支持されているのがわかる。では、熱海の歴史を紐解くと――。

 古くから温泉地として知られていた熱海は、現在の東海道本線の開通後、1950年代に一躍、新婚旅行の人気スポットとなった。

 旅行鞄を提げた新郎と、白いドレスを着た新婦が海岸沿いをゆっくりと散歩する姿がそこかしこに見られたという。

 1960年代に入って高度成長時代になると、東京からほどよい距離にある熱海は、接待旅行や社員旅行の場としても人気を集めた。

 何度もその接待旅行に立ち会った熱海芸妓置屋連合組合の西川千鶴子組合長は、当時をこう振り返る。

「東京駅まで芸者衆がお客さまをお迎えに行き、熱海までお連れしました。列車が出発すると、すぐに酒盛りが始まるんですよ。何百人という単位ですから、それはそれは賑やかで活気がありましたよ」

 ほろ酔いの客をいっぱいに乗せた列車が熱海に着くと、宴会の舞台は旅館へと移る。畳敷きの大広間で海の幸を肴に酒を飲み、余興を楽しんで羽目を外せば、日頃の疲れを癒せ、同じ環境で働く者同士で交流を深めることができた。まだ娯楽の少ない時代、急成長する日本を支える人たちにとって、熱海はちょっとした非日常を楽しめる貴重な安らぎの場だったのだ。

 この頃の熱海は、どの宿泊施設も予約が取りづらい状況で、市の中心部は浴衣姿で散策をする団体客で溢れていた。

 観光客の増加は、熱海を経済的に潤した。ボランティアガイドの田中明博さん(66才)は、当時旅館の仲居だった70代の女性から、こんな話を聞いたことがあるという。

「黙っていても、お客さんから心付けをもらえたそうですよ。団体客なら2万~3万円、家族客でも3000~5000円。ですから、心付けだけで生活ができて、お給料はほぼ全額を貯金できたと。それくらい賑わっていたんです」

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