国際社会が何らかの制裁を加える可能性はあるが、核・ミサイル開発ですでにたっぷり制裁を受けている金正恩体制は、さほど痛痒を感じないのではないか。
軍事的にも、核武装した北朝鮮はかつてより遥かに「安泰」である。一説に、北朝鮮は核弾頭60個分のプルトニウムと高濃縮ウランをため込んでいるとされ、発射が察知されにくい固体燃料ロケットを積んだ弾道ミサイルの配備も間近だ。アメリカといえども、おいそれと手を出せない力を備えつつあるのだ。
このような脅威は近く行われる韓国大統領選に影響を及ぼすだろう。たとえば文在寅氏ら革新候補がかかげる「抱擁政策」は、修正を迫られるかもしれない。だがその範囲は限定的だ。かつてなら、北朝鮮の暴走は韓国の保守系候補の追い風になった。しかし最近は、必ずしもそうとは限らない。
北朝鮮による「哨戒艦撃沈」への対応が争点となった2010年6月の統一地方選挙では、保守優勢の大方の予想を裏切り、南北対決の危険性を訴えた革新が大躍進した。北のやることに目くじらを立てたところで、誰も止められないではないかそのような諦念が「現実的判断」に化けてしまっているのである。
正男氏殺害も、韓国国民の反北感情を燃え上がらせることはない。目下の関心事は、自らの生活に直接かかわる「サムスン・トップ」の逮捕だ。そこに、朝鮮半島の「危機」を感じる。アンタッチャブルとなった正恩氏はより完璧に北朝鮮をわが物とし、それがまた、さらなる暴走を可能にしてしまうのだ。
※SAPIO2017年4月号