◆苦労することはそんなに悪くない
「出産は繊細なテーマですが、さすがに70歳の話だと、皆さん寛容になれるみたいです。親の健康状態、経済状態が万全でなくても産む決意をするかなど、どう判断するかは人それぞれです。でも苦労ってそんなに悪いものかなって、僕は思っています。
確かに朝一たちが子供と過ごせる時間は人より短い。でも病気や戦争で誰もが長生きできなかった時代、だから子供は作らない、とは考えなかったと思うんです。むしろ人はいつか死ぬからこそ、命のリレーができれば御の字なんじゃないか、親がいなかったり苦労することは生まれてこないことより本当に不幸なのかって、昔は『日直』みたいなチンチン丸出しのギャグ漫画を書いていた僕ですら、真剣に考えずにいられなくて」
老犬オードリーを看取り、入れ替わるように生まれた娘に〈みらい〉と名付けた夫婦には、失った命も新しい命も同じように愛おしい。朝一が定年後に娘を授かったことは、むしろ幸運だっただろうとタイム氏は言う。
「実は僕自身は娘が生まれた当初は連載が全然なくて、まさに定年状態だったんですよ。ただ、今はやせ我慢しても育児に専念した方がいいんじゃないか、作家としても親としても、『これを見ないで何を見るんだ』みたいな気持ちです。そうしたくてもできないお父さんも大勢いる中で、自分はラッキーだなと思う。
幸い夕子の場合は設定上70年分の時代を描けるので、育児は全て母親任せだった戦前の父親像とか、今は夫婦で子供を育てるようになったこの変化は何なのかということも、後々描いていきたい。もちろん答えではなく、エピソードで、ですけど」
特に夕子が出産前にわが子へのメッセージをビデオに託すシーンは涙なくして読めず、誰もが寄り添える寓話的空間に横溢する生への全幅の信頼は、彼の作品に一貫したものだ。本人が何と言おうと、この作家は優しく、愛が無類に大きい。
【プロフィール】たいむ・りょうすけ/1976年横浜生まれ。高校在学中の1995年、ヤングマガジン月間新人漫画賞に入選しデビュー。主な作品に『日直番長』『あしたの弱音』『アベックパンチ』『I.C.U.』等。近年は映像作家としても活動、本作第2巻は今年5月刊行予定。筆名は「ちょっとタイム、みたいなことでつけたんだっけ……? 何しろつけたのは高校の時ですし、今までと作風が大きく変わったので、これを機に改名したかったくらいです!」。173cm、55kg、O型。
構成■橋本紀子 撮影■国府田利光
※週刊ポスト2017年4月14日号