映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、声の仕事で注目を浴び、映画やドラマなどへ活躍の場を広げた役者・伊武雅刀が、ハリウッド映画に出演したときの思い出について語った言葉を紹介する。
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伊武雅刀は1987年、スティーブン・スピルバーグ監督の映画『太陽の帝国』に出演している。舞台は日中戦争中の上海で、伊武は「ナガタ」という軍曹役を演じている。
「キャスティングディレクターの方が『どうしてもオーディションを受けさせたい』と言ってくださり、突っ込んでもらいました。ニューヨークに滞在していた時に『E.T.』を観ていまして、少年の自転車が飛ぶ場面で劇場の観客が総立ちになったりして、とても感動しました。それからあまり間が経っていなかったので、役のオーディションというより、『E.T.』の監督に会えるだけで嬉しかったですね。
オーディションは演技的なことはさせないで、カメラを回したままただ話をしているだけでした。スピルバーグは物静かで理知的な人でした。
オーディションの段階では小さい役で、一週間くらいで帰れるだろうし、ちょっとハリウッド映画に出ても面白いじゃないか、とそれぐらいに思っていました。レギュラーのテレビドラマを二本くらい抱えていましたし。
ところが半年くらいして電話がかかってきたら、大きな役になっているんですよ。撮影に一か月以上はかかる。実際、スペインのアンダルシアで四十日間の撮影になりましたから。それでドラマのプロデューサーと監督にお願いして、物語の途中で退場させてもらいました」