爪を伸ばすのは客家の男性が裕福さを示すためにやる風習だった。孫文は、客家として歴史に名を残した指導者だ。

 客家とは、中国の漢民族のなかで、独自の文化とアイデンティティを有する特殊な人々である。「客」には、お客さんという意味のほか、よそ者、という意味もある。「流浪の民」と呼ばれるのが客家である。

 祖父は余家麟(ユージアリン)という名前だった。戦前の神戸に移民し、東京に流れてきた。紅茶やバナナの輸入、炭鉱、金融機関、新聞社など多くの事業を手掛けながら、日本で初めての客家団体「客家公会」を東京で1945年10月に立ち上げてトップに就くなど、戦後初期の日本華僑界の名士だった。

 当時の家庭の様子を、余貴美子は振り返る。

「一族みんな何らかの商売をやっていたので、その全員が忙しく働いていました。一家団欒なんてあまり記憶にありませんが、いつも、いろんな人が入れ替わりたちかわり出入りしている、とても賑やかな家だったと思います」

 その中には、「サインはV」「Gメン’75」などで昭和のお茶の間に親しまれ、余貴美子の従姉妹にあたる女優・范文雀(はんぶんじゃく・*注2)も入っていた。

【*注2/1948-2002 余貴美子の父・鴻彰の姉にあたる鴻鸞の娘で、余貴美子の従姉妹。TBSの人気ドラマ「サインはV」でジュン・サンダースを演じて人気を集めた。野性味あふれるダイナミックな演技が好評を博し、映画、ドラマ、舞台で多くの作品に出演した。俳優の寺尾聰と結婚したが離婚。心不全のため、54歳で亡くなった】

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