余貴美子は、それからは台湾のふるさとを何度も訪ね、清明節の墓参りにも出席している。日台で開かれる客家関係のイベントにも呼ばれるようになった。2年前には、祖父の遺骨も台湾の余一族の墓に納めた。大きな墓の内部に入ると、暗闇の中で、先祖の遺骨が並べて置いてあった。

「ああ、こうやって先祖と繋がっているんだと。祖父は夜になるといつも部屋にこもって中国の古典を読んでいて、その横顔が忘れられない。きっと台湾に帰りたかったはずだという私の思いで、(納骨を)決めました」

 そのとき父の遺骨も一緒に納骨した。では、自分のお墓は台湾に置くつもりなのだろうか。

「入れてほしいかも。でも、客家は流浪の民なので、お墓はどこでも、魂さえ繋がっていれば、それでいいかなとも思う」

 女優としての余貴美子は40年以上のキャリアを重ね、その演技は円熟味を増す。豊富な経験に加え、いま「客家」の誇りも役者人生の支えになろうとしている。

「他人の人生ばかり演じて自分のことを考えたことがあまりなかったのですが、演技の才能も外見もそれほどでもない私が女優としてやってきたのも、大げさかもしれませんが、自分の中にある客家に気づくためだったのかなと」

 日本人でもなく、台湾人でもなく、客家人として。祖父や父が失った「故郷」が、時代を超え、余貴美子の心に戻ろうとしている。

※SAPIO2017年7月号

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