いまや日本映画界に欠かせない存在となった余貴美子(よきみこ・61)は、ふとしたきっかけから「客家」のルーツを意識するようになった。その時、常に「何者」かを演じ続けてきた自らに、初めて「芯」のようなものを感じたという。希代の演技派女優の心に息づく“流浪の民“の記憶を辿った。ジャーナリスト野嶋剛氏がレポートする。
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小指の爪を、やたらに長く伸ばしていた。
自分には意味のわからない漢詩を、いつも書き記していた。
中国武術をやっていて、動きがやけに俊敏だった。
新聞で中国のニュースがあると、赤丸をつけて切り抜いていた。
孫文の立派な写真が、部屋に飾られていた。
中国から台湾へ、台湾から日本へ渡った「客家」(*注1)の血を引く女優、余貴美子が、幼い日の記憶に刻んだ祖父の姿だ。
【*注1/漢民族の一民族とされる。中華文明が勃興した黄河中流周辺地域をルーツとし、その後、戦禍に翻弄されながら南方(広東、福建、江西省など)、そして現代では香港や台湾などに移ったと伝えられる。各地で政治家や企業家を生んだ。ユダヤ人と比されることもある】