「3度目のデートでプロポーズされて結婚です。私、一生のうちに大恋愛にまで発展したことってあったのかな(笑い)」
1983年の日活ロマンポルノ『ファイナル・スキャンダル 奥様はお固いのがお好き』が、日活の正月興行配収の新記録を作るも、これを最後にヌードと決別する。
「そういう役ばかり来るようになったのでね。何回も何回も脱ぐものじゃないですよ(笑い)」
私生活では、夫の金銭問題で1984年に離婚。2人揃った記者会見ではキスまで披露した。
「記者の方に求められたから、ついやっちゃったのよね(笑い)」
翌1985年には20歳年下の歌手・立花淳一と3度目の結婚をするも、1年半で離婚。今度は彼の度重なる浮気に懲りた。
「結婚を後悔したことも、相手を憎むこともないですね。腹を立てても自分が損するだけよ。私は前向きな性格なんです(笑い)。仕事でもガクっときたり、クヨクヨすることがなくて、好きな歌を歌えていればいいかなって。そういう性格はずっと変わらないですね」
裸のイメージがついた時期もあったが、映画『男はつらいよ』やNHK大河ドラマ『八代将軍吉宗』にも出演。バラエティ番組『伊東家の食卓』ではお母さん役で親しまれた。ヌードへの偏見を覆し、熟女という言葉を人口に膾炙させたのは紛れもなく、五月みどりである。