だが、著者自身が、自分の死亡証明書を手に入れたときに沸き起こった思いが興味深い。危うく車に轢かれそうになって息を呑むような、死に直面するショックを受けた。そして、〈自分が思っていたほど死亡偽装はロマンチックなものではない〉ことを思い知らされ、人生の退屈さに感謝し、これまで自分を苦しめてきたものを受け入れて生きていくことを決意した、というのだ。
死亡偽装を貫くためには、書類上で自分を殺すだけでなく、それまで生きてきた記憶や他者との間に築いた関係性の全てを封印しなければならない。そのことの深い孤独に足がすくむ思いだったのではないか。
著者の取材は粘り強く、洞察力も深く、人間存在の根本にまで触れている。日本ではなかなか書かれ得ない傑作ノンフィクションだ。
※SAPIO2017年8月号