日本には有形文化財のうち、国宝に指定されているものが約1000件ある。そのなかで、日本に現存する最古の医学書とされているのが『医心方(いしんぽう)』だ。この6月に、概要書ともいえる「『医心方』事始」(藤原書店刊)が発売され、にわかに注目が集まっている。
平安時代の宮中医官・丹波康頼が編纂し、984年に時の朝廷に献上したもの。内容は、中国を中心としたアジア各国の200以上の医学や養生、鍼灸、陰陽道、占相、哲学などの文献からエッセンスを抜き出してまとめたものだ。
いつの時代も「美」は女性を魅了する。「美容篇」(巻四)には、「髪」「ニキビ」「シミ・ソバカス」「ホクロ」「ワキガ」のお手入れといった、現代の女性ファッション誌のような項目がズラリと並び、女性の永遠のテーマであることが伝わってくる。たとえば、髪のお手入れにもさまざまな方法を示している。
《洗髪後、さらに酒でリンスすること。そうすれば髪は軟らかになる》(同第二章)
《千回以上とかせば、白髪にならない》(同第四章)
《白髪を抜き、上等の蜂蜜を毛孔に塗りつけると、黒髪が生えてくる》(同)
豊かで瑞々しい髪が女性のステータスだったのだ。美肌を維持するための生活についても教示する。
《酔って屋外で寝てはいけない。顔に瘡皰ができる。和名はニキビである》(同第十四章)
現代同様、健康の基本は食生活であり、「中毒篇」(巻二十九)では食べすぎは強く戒められる。
《腹いっぱい食べすぎると膀胱をそこない、気血の運行がさまたげられるため、栄養分を循環させることができなくなる》(同第七章)
まずは予防。それでも避けられない肌のトラブルには、対処法が示されている。
《三年酢に鶏卵を三日漬けると、殻が溶けて軟らかになるだろう。これを破って中身を採り、患部に塗ればよろしい》(巻四第十四章)
ビューティーライターの前田美保氏が説明する。
「現代のように洗練された化粧品がなかった時代においては、目のつけどころは間違っていないと思います。酢の殺菌作用でにきびの原因となる皮脂の過剰分泌を抑えたり、酸によって肌を柔らかくして、にきび跡の新陳代謝を活発にさせるという可能性もあったかもしれません。
また、現代ではニキビ跡にはケミカルピーリングという古い角質をフルーツ酸などではがすケア方法を用いることもあり、その場合は、その後ヒアルロン酸やアミノ酸が入ったシートマスクで肌を鎮静させることも。卵のたんぱく質はそうした術後ケアに通じる面もあったかもしれません」
卵の栄養価の高さには当時から大きな期待が寄せられていたのだろう。
《杏仁の皮を除いて細かにすりつぶし、卵白で練り合わせたものを塗り、一晩たってから拭き去ること》(同第十五章)
これは、シミへの対処方として綴られている。
※女性セブン2017年11月2日号