その後、伊勢ケ浜親方と一緒に貴乃花部屋に謝罪に出向いた日馬富士の足取りは重かった。うつむいたまま厳しい表情を見せて親方の後ろを歩く横綱。その前を顔色のない辛そうな顔で歩く親方は、部屋の前に停まっていた車に近付いていく。車の中には貴乃花親方が乗っていた。車の横に立った伊勢ケ浜親方が中を見ながら手を差し出そうとしたが、親方に構うことなく車はそのまま出てしまった。
去っていく車を見ながら茫然とする二人。「行っちゃったよ」「(貴乃花親方が)いたな」と言いながら、手首を触って、無意識に自分をなだめる伊勢ケ浜親方と、茫然と立ちすくむ日馬富士。すれ違いだったのは、親方が謝罪に行くと連絡していなかったためもあるが、なんとも不思議な光景だった。
その後、伊勢ケ浜親方は電話や緊急理事会を含め、すでに3度、貴乃花親方に謝罪していたという報道が出た。だが、貴乃花親方は被害届を取り下げる気がなく、全面対決の構えだ。貴乃花親方が、伊勢ケ浜親方が車に近寄ったのに窓を開けることもなく発車させたのも、伊勢ケ浜親方が車に近寄っていく足取りが重かったのもそのためだが、貴乃花親方の対応にもいささか首を傾げしまう。
日馬富士はというと、走り去る車を目で追うことなく前を向いていたが、一瞬、貴乃花部屋の方に視線を送り、伊勢ケ浜親方の後についていった。車を目で追わなかったのは、諦めに似た感情が心の底に浮かんでいたように思える。また貴乃花親方の車ではなく、部屋の方に目を向けたところをみると、貴ノ岩の状態が気になっているのだろう。
ビール瓶で殴り、素手で数十発殴ったと報道されている日馬富士。ビール瓶で殴ったと聞けば、普通はそれだけで驚いてしまうし、どんな状況でも暴行は許されることではない。しかし、元相撲取りにこの問題について聞いてみると、こんな返事が返ってきた。「空のビール瓶で頭を殴るくらいの衝撃は、ガチンコで頭と頭がぶつかることに比べれば大したことはない」。また、さらに過激な発言だが「2週間のケガなんてケガのうちに入らない」とも言っていた。
相手は横綱で同じモンゴル出身ということもあるが、貴ノ岩も事を荒立てたくなかったのだろう。貴乃花親方には当初、転んだと伝えていたというし、翌日の巡業では土俵に上がり相撲を取っていた。日馬富士と握手して、一度は和解していたという証言もある。さらに、この問題について貴ノ岩から一任されている親方の行動が不可解すぎるという報道がある。貴乃花親方は今後、どう出るのだろうか。
横綱白鵬からは、ビール瓶では殴っていないという新たな証言も出てきて、日馬富士への任意の事情聴取も開始された今、果たして彼自身は真実をどう語るのか? そして貴ノ岩の今の状態、本意はどうなのか? 私たちが普段うかがい知れない、角界というある種特殊な社会の文化が、今回だけはちょっぴり明らかになるのかもしれない。