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2017.12.15 15:59  週刊ポスト

往年のノーパン喫茶 普通の喫茶店が突然ノーパンになる例も

「ストッキング越し」が逆に興奮を誘った

 フーゾク産業の“黄金時代”は昭和55年前後だと言われている。続々と新業態が誕生し、業界が活性化されたのがこの頃だった。中でも大ヒットしたのが「ノーパン喫茶」だった。

 ミニスカートを穿いたノーパンのウェイトレスが接客する喫茶店だから「ノーパン喫茶」。今じゃ考えられないこの業態の発祥は諸説あるが、昭和53年、京都の『ジャーニー』だったと言われている。それから3年後には日本全国に1000店舗近いノーパン喫茶ができた。風俗業界に詳しい作家の伊藤裕作氏が語る。

「おさわりNGなのでスカートをめくることもできないし、その多くはストッキングを穿いていたので、ハッキリと“中身”までは見えませんでした。それでも画期的な業態が受け、それまで普通の喫茶店だったのにある日突然、ウェイトレスがノーパンになった、という店もあったほど」

 競争が激しくなる中、パンストさえ穿かない正真正銘のノーパン喫茶も出始めた。過激ノーパン喫茶の代表格だった大阪の『あべのスキャンダル』では、細い布を“割れ目”に貼り付けるだけの「前貼り」ならぬ「スジ貼り」のウェイトレスまで登場した。

「この頃には警察も黙ってはいなかった。当時はまだヘアヌードも登場しておらず、陰毛の露出すら許されていない時代です。スジ貼りは女性器こそモロ出しではないが、陰毛を剃った跡が見えていた。そこを警察は突いて“陰毛は数日後には生えてくるので剃った部分にも陰毛がある”と主張。それを否定する店側との“陰毛論争”なるものまで展開された」(フーゾク評論家の比嘉信顕氏)

 そんな論争を巻き起こしながら、ノーパン喫茶は昭和60年の風営法改正により姿を消していった。

※週刊ポスト2017年12月22日号

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