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2018.02.04 15:59  週刊ポスト

巨匠ラス・メイヤーが描いた「セックスとバイオレンス」

1975年公開の「スーパー・ヴィクセン」

〈俺は女性を金儲けに利用する汚いジジイだよ。そこに熱意と喜びを感じながら生計を立ててきた。俺はポルノグラファーだよ。でも、そのなかではAクラスのポルノグラファーなんだ〉

 1960年代から70年代に日本でも『女豹ビクセン』『淫獣アニマル』などが成人映画として公開された、米国ポルノ映画の監督ラス・メイヤーは、あるインタビューでこう語ったという。

 巨乳美女のセックスとバイオレンスを売り物にした作品群は長らく映画として評価されることはなかったが、1990年代半ばに世界的に注目され、日本でもサブカルチャー好きの若者から支持を得た。戦後、“キング・オブ・ポルノグラフィー”と呼ばれた男は、どのように地位を築いていったのだろうか。

 第二次世界大戦中、報道カメラマンとしてヨーロッパ戦線に従軍していたラス・メイヤーは終戦を迎えると、サンフランシスコでヌード・ピンナップのカメラマンとして活動を始め、その写真が雑誌『プレイボーイ』に多数掲載されるようになる。

 アメリカでは検閲制度ヘイズ・コードにより、1930年代から映画で裸が映ることや“セックス”という言葉を使うことさえ禁止されていたが、1940年代後半からその基準が徐々に形骸化していった。

 そんな時代の流れの中で、ラス・メイヤーはストリップダンサーのテンペスト・ストームの記録フィルム『ピープショウ』(1954年公開)で初めて映画監督としての依頼を受ける。『ポルノ・ムービーの映像美学』(彩流社)の著者、長澤均氏が話す。

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