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2018.02.10 07:00  SAPIO

インドネシアが独立宣言文に日本の「皇紀」を採用した想い

PETA(祖国防衛義勇軍)博物館前に立つ兵士像

「大東亜共栄圏」は侵略戦争の方便だったと旧連合国は主張する。自らの植民地支配を棚に上げて。だが、インドネシアの人々は、独立のために日本が本気で支援したことを今も忘れていなかった。ジャーナリストの井上和彦氏が、世界で見つけた「日本よ、ありがとう」の地をめぐる旅。台湾、フィリピンに続き、インドネシアをリポートする。

 * * *
 首都ジャカルタにある「独立宣言起草博物館」には、大東亜戦争終結後の8月17日、後の初代大統領スカルノと副大統領ハッタらが読み上げた独立宣言文の原文が掲げられている。

 インドネシアの独立を謳い上げた宣言文はもちろんインドネシア語で書かれているのだが、日付が「17-8-05」とある。なるほど独立宣言は、終戦2日後の1945年(昭和20年)8月17日だったのだから「17-8」は読み取れる。だが「05」はよくわからない。

 驚くなかれ、それはなんと日本の「皇紀2605年」のことなのである。

 同博物館は、元は前田精武官の邸宅だった。当時ジャカルタに駐在武官として赴任していた前田海軍少将は、終戦翌日の8月16日に、後の大統領スカルノと副大統領ハッタら50人の志士を邸宅に招き入れ、彼らはそこで独立宣言文を起草した。そして翌17日、スカルノ邸で、赤と白のインドネシア国旗が掲揚され、独立宣言文は高らかに読み上げられたのだ。

 同博物館にはスカルノらが独立宣言文を起草したテーブルや手書きの起草案の拡大写真など貴重な資料が展示されている。

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