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2018.02.17 16:00  マネーポストWEB

中学受験しないで良かった? 大人になってわかる公立中学に通うメリット

中学時代の筆者の生徒手帳


 今や東京では4人に1人の児童が中学受験するといわれる。中学受験をし、私立や国立中学に入るメリットは数多く語られるが、「受験ナシの公立中学に行って良かった」と振り返るのはネットニュース編集者の中川淳一郎氏だ。同氏が感じた公立中学校に通うメリットを述べる。

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 中学受験をさせる親の心情としては「将来のことを見据えて、よりハイレベルな教育を受けさせたい」「荒れていない学校に我が子を行かせたい」などに加え「エスカレーター式で大学まで安泰にしておきたい」というものもあるでしょう。

 この理屈から考えると、乱暴な言葉で言ってしまえば、「公立中学は不良の巣窟で学習レベルは低くロクでもない場所」という判断をしていることになります。確かに私立中学などと比べるとそうした側面はゼロとは言いませんが、それでも私は東京都下・立川市立の公立中学校に行って良かったとつくづく思っています。それは現在でも当時の友人と仲の良い付き合いをしている、とかそういうことではまったくなく、「人生いろいろ、人間いろいろ」がよく分かるからです。その方が仕事も含め、長い目で見ると良いことがたくさんある。

 時々、文化人が「自動車免許試験場には、普段接することがないようなありとあらゆる種類の人がいる」みたいなことを言います。それこそ金持ちも貧乏人もホワイトカラーもブルーカラーも無職も社長も誰もが集う珍しい場所、という意味でしょう。

 確かにいろんな店にしても、なんとなく似たようなクラスタの人が集う店というのはあるわけで、居酒屋やバーひとつとってもなんとなくそこに来る人々の種類は分かれている。試験場はそういった無意識の内に作られる「分断」がないという意味ですね。

 公立中学というのはまさにそういった場所なんですよ。当然年齢は皆同じなのですが、親が本当に多種多様です。となれば、その親に育てられた子供達も多種多様です。名門私立中学なんて入ろうものなら、それこそ金持ちの比率が圧倒的なわけで経営者や医師の子弟もウジャウジャいるでしょう。一部上場企業に勤める父親も多いですが、そのくらいでは金持ち度合いではたいしたことがなかったりもする。ただ、総じて「教育熱心でそれなりに収入の多い親に育てられた子」というのが多くなるのは必然となってきます。

 一方、公立の場合は「そのエリアに住んでいれば入れる」というだけのものなので、本当に皆、生活スタイルが違います。親の資金力も、知り合いからもらったおさがりの制服を着ている子がいるかと思えば、休みの度に旅行に行ったり、新しいコミックスは常に全部発売日に買い与えられたりする金持ちもいる。片親に育てられる子も大勢いるし、親がヤクザなんてこともある。仕事にしてもありとあらゆる職種の人がいる。

「オレ、毎晩父親から酒を買いに行くよう言われた」なんて話も聞くし、「兄貴とその友達から無理矢理タバコを吸わされてからタバコが好きになってさ」なんて言って体育館の裏でタバコを吸う生徒もいる。中学を卒業してからの進路については「あいつは歌舞伎町に行っちまった」なんて話も聞いたりします。高校も進学校に行くのは、上位の数パーセントで、多くは自分の内申点と偏差値に合った中堅~下位の同学区の県立高校です。

 その後、大学に行く者は私の時代では多分全体の20~25%、多くが高校卒業後に働き始め、20歳ぐらいで中学時代の同級生と結婚したり、というのもあります。その後の進路を皆で噂しあったりもしたことがあるのですが、「○○は国分寺のピンサロの客引きをやっていた」やら「××は薬剤師になった」「□□達4人は中学卒業後合同で入った配管工の仕事をまだやってる」「△△は念願だった居酒屋経営を始めた」みたいな話になります。

◆「世の中には多種多様な人がいる」という当たり前のこと

 32歳の時、中学の同級生が地元のスナックで同窓会をするというので行ってきました。多くがすでに子持ちで、小学校の運動会の写真を見せてくれたりしました。欲しいものはミニバンと作業用の新しい安全靴だと滔々と語る同級生もいました。

 当時憧れだった女子は相変わらず美人だったのですが、母親が経営していたスナックを引き継ぎ、地元では有名な美人ママになっていると言ってました。子供もいるようで「オレ、○○さんのこと好きだったんだぜ」なんて告白する者に対しては「あ~ら、もう遅いよ、キャキャキャ」なんて“ママ然”とした口調で言い放つ。

 この日は本当に様々な職業の人々が来ていましたが、20歳を過ぎると通常は同じような境遇の人しか合わなくなるものです。現在私が属するITやマスコミの業界については、多くが「大卒」「東京都心の生活に慣れている」「私服で仕事をする」「ちゃらい」「稼ぎはそこそこ」「新しもの好き」となります。だから、打ち合わせをしても案外似たような企画が出てきて、結果的に繰り出す企画もどこか似たような発想のものになりがち。

 こうした企画を発信する主体が、我々のような人なだけに、もしかしたらとんでもなく全体から考えれば的外れなものになっているかもしれない。「世の中には多種多様な人がいる」という当たり前のことを普段の仕事をしていると忘れがちです。

 しかし、公立中学で3年間を過ごすとそういった感覚は体に染みついているところがあります。たとえば私は大学卒業後、広告代理店に入りました。世間からいえば「エリート様」的な面もある会社です。これまた「一流企業」たる自動車やパソコンの展示会といったイベントのブース運営をするのですが、来場者に無料のスナック菓子やらレトルトソースを配ります。

 アンケートを書いてくれる対価としてのものなのですが、これらを配ることをアナウンスするとすぐに数百人の列ができる。行列に並ぶ人にアンケートを渡し、それからしばらく待ってもらうわけですが、たかだか100円の菓子のために20分並び、アンケートに記入する。

 これを見て「なんでこんなもののために並ぶんだろうね……」と若干見下すようなスタッフもいましたが、私は「これが人間なんだ」ということを分かっていました。彼は世の中の上澄みのようなところしか見ていない人生を送り続けてきたのでしょう。だからこの行列が信じられなかったのです。同様に、現在、私は記事を編集する仕事をしていますが、「東京のIT好きなホワイトカラー」の視点だけではいけないと自らを戒めて記事を送り出しています。

 もしかしたらお子さんが中学受験に失敗し、地元の公立中学に行くことになるかもしれません。でも、公立中学に行くと様々な家庭環境を見ることができますし、それこそ「運転免許試験場」以上に多種多様な人と日常的に接することになります。そうすることによって「人間」を理解できるようになるのは、人生にとって必ずプラスになります。長い目で見れば公立中学は悪い選択ではないと今になってしみじみと感じます。

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