「発端になった未熟児ケアでは、身体機能が未熟で、自分が何たるかもわからない状態のところに『ここがあなたの背中よ』『腕はこんな形よ』と、やさしく触れてもらうことで初めて自分を“感じる”ことができる。この感覚が生きる力を呼び覚ますのです。
認知症が重症化してきたときにも感覚が鈍り、同じように自分の体のイメージができなくなることがあります。絶対に入れない小さなすき間に無理に入ろうとするような行動や、徘徊、攻撃などの周辺症状(BPSD)の裏には、底知れぬ不安があるのです。
また認知症に限らず高齢になると、身体機能が衰えて思うように行動できなかったり、危ないからと、何かと禁止・抑制を強いられたりして、周囲が思う以上に不安や怒り、恐れが蓄積しているもの。そんな気持ちが理解されず、ないがしろにされることでも自分の存在意義を見失い、ネガティブな感情が増します。
こんな高齢者にやさしく体に触れると、不安が取り除かれ、大事にされている自分を確認できるようです。タクティールケアの施術後、涙を流して泣かれるかたが多いのも、単に心地よいというだけでなく、緊張した心がほぐれた証。実は施術する私たちも、ケアをする手のひらを通して心地よさを感じ、体がポカポカしてとても前向きな気分になります。施術後はお互いの間に親しみのある信頼関係も生まれます。このポジティブな精神状態が生きる力を呼び、医療による治療効果を上げることにもつながるのです」
高齢者の多くが訴えるという不眠や便秘も、ベースには不安や心配、恐れなどによる緊張状態がある。タクティールケアを受けた高齢者からは、施術後体が温まってよく眠れた、便秘も解消したという声が数多く上がるという。
◆恥ずかしければ背中にそっと触れることから
体に触れることは、個人的な領域に1歩踏み込むことでもある。
「ハグの習慣もない日本人には、体に触れられることに抵抗を感じる人もいます。それでも、たとえば小さい頃に、“いい子いい子”と頭をなでられると安心したり、痛いところにお母さんが手を当てると不思議に治ってしまったり。また悩みや悲しみに暮れているときに“大丈夫だよ”と背中をさすってもらうと、少し気が楽になったりしませんか?
人に触れられることで得られる安心感や心地よさは、特に子供の頃に、大人になってからも少し弱ったときなど、いろいろな場面で体感していますから、心を込めて少しずつ距離を縮めていくと、抵抗感をなくすこともできます。
タクティールケアの施術では、向き合って行う手と足、目を合わせずに行える背中のケアが基本メニューですが、特に背中は抵抗感が少ないよう。面積が広く、大切な脊髄があるため、心地よさも感じられやすいようです。
親御さんを介護されるときに、触れることに抵抗があったり恥ずかしかったりするなら、日常の何気ない場面でそっと背中に手を当ててみることから始めてみてください。ご家族と触れ合うことが、大きな支えになるはずです」
※女性セブン2018年3月22日号