「僕がどうも違和感があるのが、推理物の主人公が終盤になると必ず名探偵に変身すること。謎を複雑にすればするほど、名探偵度も上がってしまうんです。

 例えば『長いお別れ』の面白さが、事件や謎解きより、主人公の言動にあるように、僕はハードボイルドの神髄は難問に答え続ける姿勢にあると思う。つまり誰のいかなる問いにも真摯に応え、常に最善を尽くす姿勢がその小説をハードボイルドたらしめるとすれば、沢崎に天才性は必要ないんです。むしろ僕は彼を非常識なほど普通な男として描いている。デビュー以来そんな私の背中を押してくださった今は亡き早川書房の菅野圀彦編集長に、本書は捧げた作品でもあります」

 ここ〈渡辺探偵事務所〉の元経営者を看取り、看板を継いだ沢崎の許に、〈紳士〉な依頼人・望月が訪ねてきたのはある年の11月。彼は融資を検討中だという老舗料亭の女将の調査を依頼し、自宅の電話番号を書いた名刺と着手金30万円を置いていった。

 が、調査を始めて程なく当の女将はとうに死亡し、融資の予定自体ないことが判明。しかも望月とは一向に連絡がつかず、やむなく勤務先を訪ねた矢先、事件は起きる。銃を持った2人組によるサラ金強盗である。

「実は構想に唯一初めからあったのがこの強盗事件で、そこで沢崎ではなく、別の人物を活躍させたら面白いというのが出発点でした。ヒントになったのはギャビン・ライアルのマクシム少佐シリーズ。砂漠に取り残された戦車の奪還作戦でも彼は戦車の専門家じゃないから後ろで最小限の指示を出す、その出し方が絶妙なんですよ。僕は読者としての経験は誰にも負けない自信があるし、その経験を有効活用するのが僕なりの書き方なので」

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