「彼の場合、唯一の武器は減らず口だったりしますし、個人的にはある書店員さんの『一々面倒臭いオヤジだ』という意見に感心しました。確かに殴るより言葉で切り返す方が手間もかかる。その方が会話的には豊かになるとはいえ、面白いこと言うなあと思って(笑い)。
ただし僕自身は彼にやりこめられる側に近く、自分の対極にいる沢崎がどんな人間かを知りたくて、彼の物語を書いてきました。そもそも一人称の主人公が自ら魅力を語るはずもなく、僕の頭の中の沢崎には顔すらない。あるのは彼が人や世の中を見る視線だけ。沢崎ならこう言わないとか、わからないものを一行一行、手探りで書くしかないから、面白くてやめられないんです」
誰に対してもフェアで、よくも悪くも言葉を尽くす普通の男がこうも格好よく映るのは、効率や結論ばかりを求めがちな時代のせいか。表題の「それまで」が何を示すかはラストに譲るとして、鮮やかな謎解きもどんでん返しもない代わりに、彼の愚直なまでの率直さが残像を刻み、書き手の思いすら代弁する、一行一行を噛みしめて読みたい、ザ・ハードボイルドである。
【プロフィール】はら・りょう:1946年佐賀県生まれ。九州大学文学部美学美術史科卒。フリージャズピアニストや脚本執筆等を経て、1988年『そして夜は甦る』でデビュー。「素人が送りつけたこの作品を見出してくれたのが菅野編集長でした」。1989年、沢崎シリーズ第2作『私が殺した少女』で直木賞、1991年に初短編集『天使たちの探偵』で日本冒険小説協会大賞最優秀短編賞。本書は1995年『さらば長き眠り』、2004年『愚か者死すべし』に続く長編第5作。鳥栖在住。167cm、54kg、B型。
■構成/橋本紀子 ■撮影/国府田利光
※週刊ポスト2018年4月13日号