「気を抜くとコロッケになってしまう」


 区役所と病院以外で呼ばれたことがないという「滝川広志」として役作りを始めた。38年の芸歴で初めての経験だ。役に入り込むために、最初にやったのは、舞台となった千葉県八千代市のビジネスホテルに泊まり込み、実際に住人たちが行くスーパーや居酒屋に通うことだった。

「主人公の水島は妻の自殺という“心の闇”から笑いを失ったという設定。感情の起伏を失った男なので、感情を表に出さない役どころです。しかし、僕の私生活はコロッケそのもの。ステージでも、飲みに行っても、いつも弾けていました。だからコロッケとしてのショーが終わって、そのまま簡単になりきれる役ではない。その町に存在する水島になりきるところから始めないとダメだなと思ったんです。こんな生活を送り、こんな人たちと関わっていたんだろうと、水島のいる環境を想像しながら街を歩きました」

 八千代市で2週間行なわれた撮影中、お笑いは一切封印。オフの時間も水島になり切った。

「マネージャーも役に入っている時は声が掛けられなかったと言っていました。怒っているみたいだったそうです。僕はストレスが溜まるのが怖いので、たまにメイク室でふざけていました(笑い)。ただ、メイク室から監督のところに歩いていく間に水島にならないといけない。スッと役に入れなくてトイレに駆け込んだりもしましたね」

 タイトルの『ゆずりは』は、1年を通じて緑の葉を絶やさない常緑樹。若葉が育つのを見届けて古い葉が落ちる様から、親から子、子から孫へと受け継がれていく命のバトンにも見立てられる。死と向き合う現場で、『ゆずりは』の如く三世代にわたる“見送るものたち”の誇りと絆が描かれている。

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