◆リアルなエロティシズム
その時は、特にヘアヌード写真集だと意識したわけではありませんでした。欧米にはヘアヌード写真など当たり前にありましたから、驚いたのはそこではありません。樋口さんは1980年に公開された映画『戒厳令の夜』でヌードを披露しているので、脱いだことに衝撃を覚えたわけでもありません。樋口さんの潔さといったらいいのか、この表情にまず面食らったのです。
彼女の身体付きは、現在数多あるヌード写真で見られるような豊満なものではありません。ヌードになるモデルたちに比べれば胸も尻も小振りで、当時の日本人女性の典型的なスタイルといっていいでしょう。それが自然な形で現われており、その上、不思議とエロティシズムをたたえていました。
私は何人かのニューヨークの写真家たちにこの写真集を見せて回りましたが、彼らの反応も同様でした。樋口可南子という女優を知らず、ヌードにヘアが付いている写真に見慣れているはずのニューヨーカーたちをも動揺させたのは、彼らにとって見たことのない美がそこに写し出されていたからでしょう。
これは、単なるヘアヌード写真集ではありません。かつて日本の芸術家たちが枕絵やあぶな絵、浮世絵などで表現を試みた、独特の美が描かれています。もはや日本では失われてしまった美しさを、撮影した篠山紀信氏はつかんでみせたのです。