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【坪内祐三氏書評】兄・俊輔を凌ぐ名文で妹が綴る「鶴見家」

2018.09.03 07:00

 アメリカに留学していた和子と俊輔は昭和十七年八月、日米交換船で帰国ののち独立していたが、まだ学生だった弟と妹は、父の少ない稼ぎの中から学費や生活費を出してもらっていた。つまり鶴見祐輔は苦しい生活を送っていた。その苦しみの中で彼は娘に、「お父さんの後ろ姿を見て、これからの人生の生き方を学んでほしい」と言った。

 鶴見俊輔の没後に公刊された『「思想の科学」私史』で鶴見氏が戦時中、「家に帰ったって、休まらないんだよ」、「心を許して話をできるのが姉だけなんだ。弟や妹は、戦時の教育を受けているから」、「うちのなかから密告される可能性があるんだから」と語っているのを知り著者は衝撃を受ける(しかし鶴見氏のことを恨んではいない)。実は鶴見俊輔はアメリカ人に「転向」していたのではないか。

※週刊ポスト2018年9月17日号

 アメリカに留学していた和子と俊輔は昭和十七年八月、日米交換船で帰国ののち独立していたが、まだ学生だった弟と妹は、父の少ない稼ぎの中から学費や生活費を出してもらっていた。つまり鶴見祐輔は苦しい生活を送っていた。その苦しみの中で彼は娘に、「お父さんの後ろ姿を見て、これからの人生の生き方を学んでほしい」と言った。

 鶴見俊輔の没後に公刊された『「思想の科学」私史』で鶴見氏が戦時中、「家に帰ったって、休まらないんだよ」、「心を許して話をできるのが姉だけなんだ。弟や妹は、戦時の教育を受けているから」、「うちのなかから密告される可能性があるんだから」と語っているのを知り著者は衝撃を受ける(しかし鶴見氏のことを恨んではいない)。実は鶴見俊輔はアメリカ人に「転向」していたのではないか。

※週刊ポスト2018年9月17日号

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