「『山長(やまちょう)酒店』の雰囲気はねえ、“今日もやさしくて明るい両親が待ってくれてる。ただいまー、ほんなら、自分ちのリビングでくつろいで1杯飲もか”と、まさにそれ。みんな同じ思いじゃないのかな」(50代、議員秘書)
そんな気持ちを胸に抱きしめて、見慣れたいつもの顔が、今宵もここに集まって来る。
その“リビング”と称される店は、キタ(梅田周辺)、ミナミ(難波、心斎橋、日本橋周辺)に次ぐ賑やかさを誇る大阪の繁華街、阿倍野・天王寺地区にある。
高さ300mという日本一の高層ビル『あべのハルカス』がそびえ、30年を数えた平成という時代を超え、これからさらに先へと歩み続ける街だ。
ただし、JRなら阪和線の美章園(びしょうえん)、近鉄なら南大阪線の河堀口(こぼれぐち)という、その賑わいからたった1駅しか離れていない近さにもかかわらず、その場所の風景は、静かな古き良き時代の、夕暮れどきが切なく胸に迫る小さな町に一変する。
主人の上垣内公世(うえがいとひろよ)さん(75歳)が語る。
「平成から元号が変わり、新しい時代になる?関係ないねえ。古くて狭くて落ち着けるリビングとみんなが言ってくれるんだもの、店は拡げんし、手も入れん。そう、昭和のまんま、このまんまでいいでしょ。遠くなりつつある昭和を求める人に集まってほしいんですよ」
昭和47年の開店以来使っているカウンターが、細長く狭い店の中央を走る。入口から見てカウンターを挟んで右側が、公世さんと夕起子夫人の世界。そして左側がやさしい両親に会いに来る常連客のくつろげるリビングだ。
「おとっつぁん(公世さん)とはね、ああ言うたらこう言うで、口喧嘩してばかりじゃ。腹ん中じゃ何とも思っとらんよ。なんか、とてもしゃべりかけやすいんだよ。これがいい肴になってなあ、みんなの酒がうまくなりよる」(50代、製造販売業)
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