■思い込みが薄い人間だからできること
そもそも、漫画家を諦めてものづくりへの道を歩み始めた鈴愛と同様、寺尾社長は異色の経歴の持ち主だ。高校を中退し世界を放浪、その後、ミュージシャンとして活動したものの挫折、30歳を超えてからものづくりを始めた。異ジャンルからものづくりへの参入という、一見すると唐突とも思える舵の切り方にも、二人の共通点を見出すことができるのではないか。
「常識の枠に囚われている人は少なくありませんが、それよりも危険な枠は、自分の思い込みだと思います。私に向いているのはこれ、私にはこれは無理、もう○歳だからダメ、などと自分で自分の範囲を決めつけることで、もしかしたら出会えたかもしれない明るい未来に出会う可能性を下げている。このドラマの主人公と僕は、比較的、そうした思い込みが薄い人間なのでしょう。
いつでも、何でも、好きなことをしていい。それを教えてくれたのは、僕の場合は、両親でした。農業に失敗した後、様々なアルバイトで生計を立てた父は、突然、40歳のときに陶芸家になると宣言し、実際に、半年後になりました。そういう生き様を目の前で見ていたからこそ、音楽からものづくりの世界に、抵抗なく入れたのです。バルミューダは扇風機のほかに、トースターや、最近ではデスクライトまで様々な商品を開発していますが、アイディアを形にするという点では、音楽の経験がすごく役立っています」(寺尾社長)
何回挫折しようと、自分の気持ちのままに真っ直ぐに行動してきた鈴愛が、律とともに最後に辿り着いた扇風機。運命の扇風機は私たちにどんな風を届けてくれるのだろう。楽しみに待ちたい。
撮影/内海裕之