「元々僕は内田康夫さんと田中芳樹さんに憧れて物を書き始めた人間で、事実と事実の隙間に虚構を潜ませ、キャラ立ちにこだわるのも、たぶん両先生の影響です。
前作では政府主催の舞踏会に人が集まらず、高等師範の女生徒が動員された実話を元に鹿鳴館時代の終わりを書きました。なので次は始まりを書こうと。鹿鳴館といえば津田梅子らと渡米し、帰国後は鹿鳴館の華と呼ばれた山川捨松の出番。会津出身の彼女が薩摩出身の大山巌と鹿鳴館で披露宴をあげる場面をラストにすることだけは決めていたんです。
ただ、捨松とこの事件がどう繋がるかは自分でも不明でした。江戸東京博物館の模型を見て、古い長屋と煉瓦建築が和洋折衷で隣り合い、まさに境界を思わせる当時の銀座に、僕はとにかく馬車を暴走させたかった!(笑い) そこで描き始めると、乗客の中に結婚前夜の捨松がいて、『ローマの休日』さながらに大活躍してくれたんです」
会津の家老の娘に生まれ、戊辰戦争後は不毛の地、下北斗南藩へ。紆余曲折を経て官費留学の機会を得た捨松は幼名を咲子といい、陸軍卿との婚約が話題になるさなか、事件と遭遇。特に直太郎は聡明な捨松を慕い、入院中の馭者〈八木実松〉が〈青い眼の子〉を探していると聞いて、片桐と鋭意人探しに駆け回るのだった。
実は序章にはその前日譚がある。開港直後の横浜で三人組の侍が子供にまげを揶揄(からか)われ、父親の英国人を斬殺した、〈ロバート・ブラウン殺害事件〉である。犯人は〈浅賀〉〈修次郎〉〈痩せた男〉の3人。浅賀を突き飛ばした父親を修次郎が斬り、痩せた男が介錯に及んだ。